第24話
『皇帝が怪しそうです』
「……マジかよ」
「大マジです。嬉しいことに、サリュストル先生はこっち派ではないので大丈夫なんですけど、大っぴらに言えるようなことでもないのでね。ですが、本当に絡んでいた場合は面倒なことになりかねません。昨日思ったんですが、もしこの一件に罪の欠片が絡んでいると感がるとコレが関わっていると考えるほうが自然だな、と」
カルミアは、コレと言いながら紙に書かれている文字を指さした。
皇帝のことをコレと恐れもなく言い切るのは、この女くらいなんだろうな、と内心で苦笑をしつつも息をつくクフェア。仮に、カルミアの言う通り今回の一件に皇帝が絡んでいるとすると厄介以上の問題になりかねないのだ。
被害が及んでいるということ。そして、まだ現地に行っていないので明確なことを言うことはできないが何かの実験に皇帝が絡んでいるとすれば失脚になる可能性だって存在している。
下手をすると、数年前に起きた革命という名の反乱というものになる可能性だってあるだろう。
「慎重に、というべきなのでしょうが。私とクフェアさんは、そもそもこの国の人間ではないので。この国の事情など知ったこっちゃないわけですからね。サリュストル先生に、あまり被害が行かないように配慮する程度で、他に何かを気遣う必要もないでしょう?」
「お嬢さんでも、誰かを気遣うことはあるんだな。驚きだ」
「言うほど驚いてもないくせに、そう言うのはあまり好ましいとは言えませんね。……サリュストル先生というよりも、こちらの一族には相当楽しませていただきましたのでね。彼のおじい様には随分とお世話になりましたし、私は楽しいことが大好きで自分の感情で動きますけど。恩を仇で返すほど、落ちぶれているつもりはありません」
はっきりとした物言いで告げられるその言葉。
彼女には、彼女なりの正義という信条というものがあるのだろう。まだ、付き合いが短いクフェアには分かることもないのは頭利前であるし彼女と一緒に暮らしている屋敷に居る面子でも理解しているのかは疑わしいほどだ。
なにせ、彼女は何をしたいのかなどを自身のことを自ら話すようなこともしない。本人曰く、聞かれなかったから話していないだけ、というスタンスを崩すこともない。
周囲の者からしてみれば、それは単なる屁理屈のようにしか聞こえない。
「さて、とりあえず方針は決まりました。まずは朝食をいただいて、聖堂騎士団の本拠地であった修道院へ向かいましょう。廃墟であろうとも、得られるものはあるはずです。もし本当に、何か実験が行われていたのであれば、なおさら」
カルミアはいたずらっ子のような笑顔を見せては、そっと扉を開けて部屋を出て行く。
クフェアはなんだか嫌な予感を感じつつも、彼女と一緒に行動してから軽い胃痛が絶えないのか腹部を押さえては何度目かもわからないため息をつく。勿論、わざとらしくカルミアにも聞こえるようにすることを忘れてはいけない。
クフェアを起こしていた時とはうって変わり、機嫌がいいのか鼻歌まで口ずさんで部屋を出て廊下を悠々と歩いている。
「おはようございます、サリュストル先生」
たまたま衝動へ向かう道でばったりと出会ったサリュストルに挨拶をするカルミア。全く持って、礼儀があるのか否なのか分からない彼女に対して、何かを言いたそうな表情をするクフェアと特に気に留めていないのか笑って挨拶をするサリュストル。
この場において、クフェアよりもサリュストの方が彼女の本質を理解しているのかもしれない。
「ゆっくりと眠れましたか?」
「ええ、カルミア殿が気をづかってくださったおかげで。本日は、昨日言っていた修道院へ調査に行かれるのですか?」
「その予定です。ただ、面倒な案件な気もしなくはないので慎重に、という感じですね。私の予定もありますし、サリュストル先生にずっと厄介になるのもどうか、と。夏べく早くに片してしまう予定です。先生も、あまり深入りはせずに気を付けてくださいね」
先ほどまで部屋で話していた内容は告げることはなく、やんわりと忠告をするカルミア。
流石に、この国に住んでいるサリュストルに対して今回の一件に皇帝が絡んでいる可能性があると推測だけでは言うことはできないのだろう。たとえ、彼が特に皇帝のことを慕っているわけではなくとも。
そんな彼女の態度を隣で見ていたクフェアは、内心で懸命な判断だ、と少しだけ感心していた。
――ただのじゃじゃ馬というわけでもない、ということか。
「依頼をしたのは私ですので、特に迷惑というわけでは……ああ、なるほど。そういうことなんですね。……ふふ、カルミア殿」
「はい? なんですか?」
「身内には優しいタイプ、と言われませんか?」
「いえ? 特には言われたことはないと思いますよ。……今日の朝食は何でしょうか。夕食も中々に私好みでした。客人だからと豪華にされていないところが、とても高評価ですね」
クスクス、と楽しそうに笑っては食堂へと一人そそくさと歩いていく。
まるで妹を見るような優しい色をした瞳で、カルミアを見つめているサリュストルは酷く満足そうに笑っている。髪色が似て居れば、きっと兄妹と見間違えてしまう雰囲気をしていたかもしれない。
「あのお嬢さん、気遣いなんて出来たんだな……」
「気遣いというか、何でしょう。人の気持ちに敏感なんだと思いますよ。長年生きていれば、そういうものは嫌でも分かってしまうのかもしれないですね。……私は、人の負の感情をよく拾ってしまう節がありますが、カルミア殿はどのような感情でも反応をしていい方向へ持って行こうとしてくれます。それが発動するまでには、随分と時間がかかりそうですけどね」
サリュストルは廊下を通った使用人に挨拶をしては、カルミアに続いて中に入っていく。クフェアは、そんな二人の背中を理解できない、というように肩をすくめては頭を軽く掻いて後ろに続いて歩いていく。
根っからの王族であるクフェアからしてみれば、二人の考えることは理解が出来ないことも到底あるのだろう。勿論、それを何となく理解しているからこそ、周りがそれについて何かを言ってくることもない。それ以前の問題に、この場に居る者たちは彼のことを王族と知りながらも一般人として扱ってくる。
サリュストルはあくまでも一般客人として。そして、カルミアは王族と知りながらも笑顔を浮かべて顎でこき使ってくる。
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