第19話

 きゅっと、縛ってからそっと台車の上に袋を置く。

 カルミアは、さして汚れることはなかった解体室の掃除と臓物、脳みそについてをクフェアに任せて自身は台車を押しながら残りかすとなったものの焼却をするために鼻歌交じりで解体室から出て行く。

 静かになった解体室で、カルミアと入れ替わるようにコツコツと足跡が響く。彼女が戻ってくるには、少々早すぎる。


「失礼します」

「……ああ、処刑人先生か」

「それは……新たな呼び方ですね。ああ、やっぱり。先ほどロビーですれ違った彼女があまりにも鉄臭かったものですから、まさかと思ってきたのですが。本当に、祖父の言う通り自分が良ければ何でもするような人なのですね。損得勘定で動く、というよりも自身の感情で動く。でも、だからこそ彼女は誰にも操ることはできない何かが存在していて関わっていて何故か新鮮な気持ちになる」


 扉を開けて中に入って来たのは、なんとも言えない表情をしていたサリュストル。

 クフェアは、カチャカチャと軽く音を立てながらも手際よく片付けをしながら、入って来たサリュストルを視界に入れて莫迦にするように鼻で嗤う。カルミアの性質をそれなりに分かっていながらも、彼女に依頼をする物好きもそうそういない。

 互い、彼女の元に舞い込んでくる依頼というものは彼女の人となりは知らない者たちがカルミアの腕の良さだけを聞きつけて行ってくる。依頼をした後に、彼女の人となりを知っては嫌気がさして依頼を取り消すこともあるほどなのだ。それほどまでに彼女の性格は人によっては理解しがたいものがあるのだろう。


「俺も人のことをいうことはできねぇが……」


 あいにく、カルミアは大きな屋敷を構えているが金に困っているようなことはない。故に、依頼がしばらく入ってくることはなくとも問題なく成果鬱は出来るのだ。つまるところ、彼女の人となりを理解しつつ依頼をするサリュストルはクフェアから見れば奇怪な部類に入るのだ。


「処刑人先生よ。アンタ、変わってるって言われねぇか?」

「……人並みに普通ではあると思いますが。私は、自身の家の家業が処刑人であると知らずに今まで生きてきました。今ではこうやって、処刑人として生きいるわけなんですけどね」


 苦笑をしながら、そっと机の上にあった未使用のゴム手袋を着用してクフェアの片付けに協力をするサリュストル。彼は慣れた手つきで、使用済みのメスなどを回収して確認を行い困ったように舞うを下げてはゴミ箱の中に入れていく。

 消毒などをしても再利用は不可能である、と判断したのだろう。


「その割には、最初から処刑人一家であるような返答だったな。お嬢さんの、皇帝が犯罪者として断頭台に送られたときはどうするんだっていう話のやつ」

「ああ、あの話ですね。……ほら、私は処刑人であるので、それを行うのが仕事ですからね。実は、あの返答は祖父の言葉をまねたんです。多分ですが、カルミア殿は気づいていたと思いますよ。実は私の祖父は、一度プライベートで皇帝と謁見したことがあるみたいで。その時、祖父の素性を知った皇帝が自分が犯罪者として裁かれたらどううるのか、と聞いたらしいんです」


 未使用のものは綺麗に消毒を行い、元あった場所へと戻していく。

 サリュストルが来たことにより、各段と片づけの効率が上がりつつある。話を聞くクフェアは珍しく、欠伸をすることなく彼の話を真剣に聞いては手を動かし片づけを行っていく。


「祖父は、その問いに対して冷淡に『陛下、私はルーチェ王を処刑をした男です』とだけ答えたそうですよ」

「へぇ。……で、アンタもそれをまねたってわけか」

「はい。皇帝は、その返答に恐怖を覚えたのか逃げてしまったそうで」

「ッは。随分と腰抜けじゃねぇか。……本当に皇帝は軍人上がりか? 皇帝という役職について途端に処刑が怖くなっちまったのか。自分は随分と正義の名のために多くの連中を殺してきただろうに、都合のいい奴だ」


 多くの人を仕方ないと言えども殺してきておいてもなお、自分が殺されることは恐怖するのか。そんなことを感じたクフェアは、吐き捨てるように告げる。彼からしてみれば、人を殺すのであれば自身も殺されると思って過ごせということなのかもしれない。事実彼は、その立場もあり命を狙われることも多くあったし、加えて自身で何かを手に掛けようともしていた。

 全てがないからこそ、がむしゃらになっていただけなのかもしれない。

 軍人であれば、明日生きていることも分からない。その日をがむしゃらに生きては剣を振るっていたのかもしれない。その先に、自身が、多くの者たちが望んだ世界があると信じて。


「確かに、クフェア殿の言う通りかもしれませんね。誰も死なないで欲しい、だなんて私は思うときが今でもあります。でも、それでも。私はこの手で断頭台へやって来た者たちの首を落とします。いつか、私も首を落とされるのだろう、と思いながら」

「……アンタはそれが仕事だろ。いや、それは誰しも言えることか。……悪かったな。そんなつもりで悪態をついたわけじゃあないんだ。気を悪くしたなら、素直に謝るよ」


 彼にも人を思いやる、ということはできるらしい。

 クフェアの言葉に軽く首を横に振りながら問題ないことを示すサリュストル。彼とて自分の立場というものを充分に理解をしているのだろう。それを理解したうえで、彼の言葉をくみ取ったのだ。誰しも思うことを言っているだけであり、サリュストルは少しだけ曖昧に微笑んだ。

 そのまま会話を終えた彼は、そっと机の上に並べられている臓器の入った容器を見て驚いたのか目を見開いて一瞬だけ石のように固まっている。しかしそれも一瞬のことであり、すぐに何かに気づいたのか首をかしげては容器に近付く。じぃ、と訝し気に見ているのは心臓が入っている容器だ。


「何か気になることでもあったのか?」

「……気になる、というか。この心臓、何処か妙ですよ」

「妙だァ? 至って普通の心臓にしか見えねぇが」


 クフェアは特に気にする素振りを見せていなかったが、サリュストルがあまりにも真剣な表情と声色で心臓を見ながら告げるので多少なりとも興味が出てきたのだろう。彼の隣に移動して、まじまじと観察するように心臓を眺める。しかし、心臓の形がおかしいわけでもなく何か変な傷があるというわけでもない。

 陽気の中に入っているのは、誰がどう見て至って普通の心臓なのだ。


「何か特殊な魔力が施されているからか……? いや、でも。クフェア殿、本当に、本当にこの心臓が普通の心臓に見えるのですか?」

「ああ、普通の心臓にしか見えねぇ」

「いや、でも……。では、私の勘違い、なのか……?」


 サリュストルは首を傾げながら心臓を見つめるばかりで、何が違うのか何が勘違いなのかを言うことはしない。

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