第20話
「流石サリュストル先生、といったところでしょうか。彼の言う通り、それは普通の心臓じゃあないですよ。クフェアさんが気づかないので私も気のせいなのかなって思っていたんですが良かったです。もしかすると、この心臓には認識阻害に近い何かがあるのかもしれないですね。私やサリュストル先生は、本物の心臓を見たことがあったので違和感を感じたのかも?」
静かに音を立てずに解体室の中に入って来たのは、焼却炉にゴミを捨て終えたカルミアの姿。
彼女の言葉で、サリュストルが安堵の息をつく。ただ一人、クフェアのみが何か不満げな表情をしているが事実彼はカルミアの言う通り本物の人間の心臓を見たことはない。心臓だけではなく、今回の解体で人の臓物を初めて見たと言っても過言ではないのだ。それでも動揺することなく、これらの臓物を見ることが出来るのは彼の脳内ではそれらは臓物であるという認識ではなく、錬金術や魔術で使用するための道具に過ぎないという認識だからなのだろう。
身体にある時は生ものであり、命を繋ぐ生命線。そこから離れてしまい、何かの容器で保存されるようになればそれはただの道具でしかないのだ。クフェアにとって、死体という存在はただそこにある肉塊でしかない。
「心臓だけではありませんよ、これ……。彼、どうやって生きていたんですか!?」
心臓の次は、肝臓などの他の臓器も真面目に近づいてみては「あり得ない」と呟きながらも目を見開いて口を開いては顔を青ざめている。それに対してカルミアは少しだけ考える素振りを見せては自身の顎に手を添えてからニコリと微笑んで口を開く。
「魔力です。彼の中にあった臓器は、いわば機能していなくただそこにあるものでしかありません。もっとわかりやすく言えば、魔力を蓄積するためだけの保存庫みたいな感じですかね。まともに機能していたのは、脳だけでしたからね」
コツコツ、心臓の入っている容器をノックするように軽く叩く。どのようにして生きていたのかは、正直なところカルミア自身も興味が出るほどだ。仕組みを理解出来ればそれらを複製することも出来る。脳以外の臓器を魔力を貯めるためだけの器官に変えることが出来るならば使い道も多く出来上がるのだ。
勿論、そのようなことで使用するものは良いことではない場合が多いが。
「今はまだ人の臓器の姿をしていますが、魔力が完全になくなればどのような姿になるのやら」
クフェアだけがこの現状についていけていないらしい。
別に、気にしていないのだろうがなんだか癪なのだろう。人を顎でこき使っておきながらも、肝心な仕事について共有も報告もすることはない。どのような仕事であろうとも、共有は大事であるし報告や連絡なども当然に大事なことである。
カルミアの場合は、面白いからという理由一つで事後報告をすることもあるがその場合は大体言わなくとも綺麗に収まるところに収まっているからだ。
「カルミア殿。クフェア殿にも説明をしたほうがよろしいと思いますよ?」
中々詳しく話そうとしないカルミアに、報告がないが故に機嫌が悪い方向へと向かっていくクフェア。そんな空気を察して、すかさず助言を入れるのはサリュストル。依頼人が請負人に気を塚というなんとも言えない構図が出来上がっている。
「まぁ、そうですよね。ああ、一つ言っておきますが、別にクフェアさんの魔術への認識が甘いわけでも知識がないわけでもありませんよ。一つ言うならば、経験の差くらいでしょう。結論を言うと、この臓物。全て偽物なんですよね。……いや、心臓ではあるんですが、心臓でないんです。現段階では魔力により心臓を構築している状態なので何が心臓になったのかは、分かりませんけど」
「構築魔術による、臓器の生成だと……? いや、でも現にこいつはホムンクルスを巧みに操っていた。それも、考えられなくはないのか。だとしたら、なんでコイツは生きていたんだよ」
「サリュストル先生にも言いましたが、魔力です。おそらくですが……私たちが時を止めるものもしくは若返りの霊薬だと思っているものに鍵があるのでしょう。でも、ここまで巧妙に構築されている臓器なんて長年生きていて滅多にお目にかかれないものです」
その言葉を聞いて何かを察したクフェアは心底面倒そうな表情をしてしまっている。当初の王妃の呪いと赤い水の件からは、何処か離れてきてしまって大事になっているような気がしてしまっているのだろう。依頼人であるサリュストルは何かを考え込む素振りを見せていたが、ふと何かを思ったのか口を開く。
「……あの、これは確証があるわけではないので推測になるのですが良いですか?」
「ええ、どうぞ。推測であっても、私の考えを広げることには変わりはないので大歓迎です」
「それは良かった。……直ぐに死ねると言えども、首を斬ることになりますから当然に広場には血が流れます。もし、もしもですよ。多くの貴族が処刑される前に収監されていた監獄で何か実験のようなことをされていて、その魔力が処刑により外に出てめぐりめぐったなら」
「チェイルジュリもかなり怪しいですが、一日二日で出来る所業とは思えないですね。……もし、サリュストル先生の言う通り何か実験があり死にゆく定めになった貴族がモルモットになっていれば。そして、紅い水が充満して酷くなったのが王妃が王が処刑されてから。考えられるのは、王妃たち一族が収監されていた聖堂騎士団の本拠地で何かあったかと考えるのが妥当でしょうか?」
まるで三流探偵のように何処か決め顔をしては軽快に告げるカルミア。だが、彼女の口から語られる可能性の話は決して軽い内容ではない。
サリュストルは何か心当たりがあるのか、ハッとしてから「調べてきます」と告げて急いで解体室から足早に出て行く。彼女は立ち去っていくサリュストルに手を振ってから再び机の上に置かれている臓物へ視線を向ける。
「そこまで分かっていたのか……?」
「あ、もしかして情報共有をしていなかったのを怒っていますか?」
「別に怒ってはねぇが……。癪ではある。やりたいことがあるならば、ちゃんと言え。お嬢さんが護衛が必要なほどひ弱な奴ではないことは分かっているが、俺の仕事はあくまでもアンタの護衛だ。何をするのか、何を思っているのか言葉にしろ。付き合いも長くねぇんだ。言われねぇと分かるわけねぇだろうが」
――いや、すっごく怒ってるじゃあないですか。
流石に、それをしつこく言ってしまえば本格的に怒られるか今よりも機嫌が悪くなる一方であることを察したのかそれ以上言うことはなく軽く苦笑をして、肩を竦めながら「善処します」という言葉一つでこの話を終わらせた。
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