第21話

「でも、不思議なんですよねぇ」

「……何がだよ」

「ここまで臓器を作り変えられているのであれば、普通は切り開くとかが必要になるんですよね。でも、あの人の身体にはそんな痕は見受けられませんでした。可能性としてあるのは内部から作り変えられたというもの。私の知る範囲で、それだけの作用を起こす霊薬の存在は記憶にないんですよね。故に、大変興味深く面白い」


 口角を上げて上機嫌でコツコツと臓物の入っている容器をこついている。

 カルミアは持ってきていた台車の上に、丁寧に容器を置いてから軽く魔術を施して固定を行い落ちることはないことを確認して満足そうに頷く。そっと台車を見てから次にクフェアを視界に入れる。言葉にすることはないが、その視線は運べという言葉が聞こえてくるようだ。

 先ほど何かあれば言葉にしろ、と言ったのにも関わらずこの様だ。


「言ったそばからこれかよ」

「それはそれ、これはこれですよ。これらは私の部屋へ運んでください。部屋に移動してから、魔術で限りなく小さくして鞄の中に丁寧に入れておきます。クフェアさんはそれが終われば、今日は休んでください。明日はかなりのハードワークを決め込む予定ですので。私は少しだけサリュストル先生の様子を見てから休憩します。では、今日はお疲れ様でした」


 軽く手を振っては、先に解体室を出て行くカルミア。

 クフェアは文句を言いたそうな表情をしているが、ぐっと喉元で文句を押しとどめて不満げにため息をついて台車を押して解体室から出て行くことになったのだった。

 一方、先に解体室から出てサリュストルが居るであろう書斎まで歩いて行ったカルミアは何か考える素振りを見せては息をつく。彼が何を探しているのかは分からないが、きっと何か有益な情報が載っているものを探しているのだろう。


「先生、入りますよ」


 書斎の扉前まで来たカルミアは、声をかけてから数回ノックをして返事を待たずして中に入る。そこには、先ほどまでは掛けていなかった眼鏡をかけており様々な本を取っては捲り、を繰り返して目的のものではなかったら閉じては再び違う本を探している。

 カルミアが入って来たというのにも関わらず、探し物に集中しているのか扉の方へ視線を向けることもない。もしかすると彼女が入って来たということも気づいていないのだろう。静かに足を進めては、彼女は机の上で唸るように本のページをめくっているサリュストルに近付いては話しかける。


「無理は禁物ですよ」

「……うわッ!?」

「……先に言っておきますが、ノックも声掛けも行いましたよ。サリュストル先生が熱心に何かを探していたので気づかなかっただけですからね。ところで、何をお調べになっているのですか? 内容さえ教えていただければ、私も探すのをお手伝いしますよ」


 カルミアは熱心にページをめくっているサリュストルが机の上に置いた確認が終わった本を手にとってはペラペラと見ている。

 はっきりと言うことはしないが、彼女的には目的の本を自分に告げてお前は寝ろ、と瞳が態度を物語っている。そのことを感じ取ったのか、サリュストルは申し訳なさそうに眉を下げてから覇気のない笑顔を見せて話し始める。


「気遣い、ありがとうございます。……実は、祖父の日記を探していました。カルミア殿はもしかするとご存じかもしれませんが、禁断の魔術道具と呼ばれている罪の欠片について書かれていると思われる、その日記を」


 無造作にかつ、無意味にめぐっていたその手をピタリと止める。

 それはまるで、誰かが時間停止の呪文でも唱えたのではないかと思わせるほどに綺麗に止まっていた。カルミアはそっと本を閉じてから、何を考えているのか分からない美しい宝石のような瞳でサリュストルを見つめる。


「聖堂教会について、皇帝が忌み嫌っていることもあり取り壊す予定になっていることをお伝えしましたよね。……それが噂段階の時、祖父は何か気になったのか色々と探っていたようなのです。おそらく、祖父の日記を見れば何かわかるかもしれませんが……」


 だが、その日記がいまだに見つかっておらずに困っているのだろう。

 日記と言えば、その人物の部屋にありそうな気はするがそれは既に確認済みなのだろう。結果、様々な書物が格納されているこの書斎にたどり着いて今に至っているのかもしれない。書斎には多くの本が格納されており、人で確認するには時間も多く要することなど誰が見ても直ぐに分かる。

 それでもサリュストルは誰にも頼ることはせずに、それを一人で探し当ててカルミアに手渡そうとしていたのだろう。


「罪の欠片についても、祖父の日記に記載されていると思います。祖父、いえ。私の家は、様々な身分のものを拷問にかけては処刑してきました。その中で得られた証言の一部なども詳細に記してこの書斎の中に格納しているんです」


 サリュストルは長い時間休憩をすることもなく探し続けていたのだろう。くあ、と小さく欠伸をしてから目を伏せて言葉を紡ぐ。

 その言葉が本当であるならば、今の彼女にとってはかなり重要な情報になり得る。カルミア自身も、何か皇帝や上の立場の者が絡んでいるであろうということは推測している。このような大事になる面倒ごとというものは、大抵身分の高いものが大内相なり関わっているものなのだ。良くも悪くも関わって、結果的に被害を被るのはいつだって力も権力もない平民と決まっている。

彼女は正義を振りかざしているわけでもなく、善性を持って生活をしているわけでも手を差し伸べているわけでもない。地震が知らない者が死のうがどうでも良いと思っているような人物である。故に、身分の高いものが何をして、どのような被害が来るのかはカルミアからしてみればどうでも良いことなのだ。

 どうでも良いことであるのだが、その影響が少しでも被ることになることだけは許せないのだ。


「……そんな日記が」

「ええ。この書斎は、祖父は顧問で使っていました。部屋にもなかったので、もしかするとこの中に隠すようにあるのではないかと思って探しているのですが。……捨てた、ということはないと思います。祖父は、生前に何かあればカルミア殿を頼るようにと。動いてくれないならば、書斎にある日記を渡しなさい、と幼い私によく言い聞かせるように言っていたので」

「でも、肝心のその日記が何処にあるのかが分からない。……状況は理解しました。とりあえず、今から私はその日記を探してみます。もう夜も深くなってくる頃合いですからね。私には睡眠は不要ですが、サリュストル先生はきちんと休息をとってください。もし、まだ探したりないのであれば明日に持ち越して」

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