第23話
話が進展しているように見えて、何一つ進展していないことに頭を抱えたくなる。
カルミア自身も、たった一日で何かが休息に変化していくとも思っていなかったのだろう。傍から見れば、理解も出来ないような突拍子もないことを平然と行っている現状ではあるが、確信をつく一手はまだ彼女の手の内に存在していない。
あるのは、不確かな推測だけだ。
「罪の欠片が本格的に絡んでいるとするならば。……今の時代の姿が分かれば、まだ探しやすいのかもしれないですけど。石なのか、種なのか。はたまた、液体なのか。長年生きていても、これらの情報が入ってくるのはレアですからね……」
はぁ、と深いため息をついてから机に突っ伏す。
暗い部屋を明るくさせているのは、窓から入ってくるわずかな月明かりと鏡からの光のみだ。
「まぁ、だからこそ。……面白いんですけど」
映像の確認を終えて、鏡と装置の接続を切断しては伸びをする。そのまま装置に問題ないことを確認しては、ベッドに勢いよくダイブするカルミア。
その行動は、幼い無邪気な子供のようだ。監獄に立ち入っては、襲ってくるものをいとも簡単に倒して鼻歌を口ずさみながら麻酔をかけずに生きたまま人間を解体していた人物とは思えないほど。
確かに襲い来る睡魔にだけは、彼女でも打ち勝つことが出来なかったのかカルミアは大きな欠伸をする。指を鳴らして、部屋に施錠魔術を施してから満足そうに瞼を下ろして素直に夢の世界へと旅立った。
翌日、随分と早くに目が覚めてしまったカルミアはゆっくりと伸びをしては、のそのそと起き上がり鞄から服をとりだしす。
小柄な少女が持つのには、少し大きい革製の旅行鞄であるが、その中は様々なものが入っている。彼女が持つ鞄には、当然のように魔術が施されており基本的に無限に鞄の中にしまい込むことが出来る。便利なことに、どれほど入れようとも鞄自体重くなることもなく優れものだ。
軽く自身に、洗浄魔法を施してから犬のように頭を左右に振る。
「さて! 今日は昨日よりも楽しく激しい小競り合い……ではないでしょうけど。昨日と同じような服装で良いですよね。あぁ、服装とか考えるのが面倒くさい」
あまり自身の服装など、生活に関することには興味がないのだろう。適当に取り出した服に袖を通していく。脱いだ服は、軽くたたんで鞄の中に放り込む。この場に、彼女の弟子でもあり優秀な屋敷の管理者の一つでもあるルピナス・ファレノプシスが居れば、そのあまりの無頓着さに悲鳴を上げていることだろう。
実際、屋敷に居る時は彼女の服などは率先してルピナスが選んで着せ替え人情にされていることも多いのだ。
「今日はまずは、聖堂騎士団が使用していた修道院を調べていく必要がありますね。ここから少し遠いので、多少歩く必要性はありますが……。まぁ、観光がてらに調査をすると考えれば楽しみながら出来ますかね」
机の上に置いてあった眼鏡を付けて、伸びをしてはそっと部屋から出て行く。
勿論、未だに寝ているであろう今回の任務の相棒兼ね護衛であるクフェアを起こしに行くためだ。隣の部屋まで移動して、軽く数回ノックをしたり声を掛けたりするも反応は一つもない。
自身は人を待たすことをするのにも関わらず、待たされることを酷く嫌がるカルミアは「はぁ」と呆れたようにため息をついて施錠されている扉に何処から取り出したのか杖をコツコツとたたきつけてから何食わぬ顔で部屋の中に入っていく。
「クフェアさん、起きてくださいよ。作戦会議、しましょうよう」
ベッドの近くまで歩いて行き、すやすやと気持ちよさそうに眠っているクフェアの頬を遠慮なくつついていく。彼は眠りが深いのか、眉を顰めたり唸り声を出すことはするものの起きる素振りを一切見せない。静かに待つ、という選択肢が存在していないのかカルミアはつついていた手を止めて、少し強めにクフェアの頬をつねる。
「……あ?」
「やっと起きた。全く、人の気配がしたら目覚めるようにした方が身のためですよ」
「待て。……どうやって入ってきやがった。施錠魔術を何重にもかけたつもりだが?」
「あんな子供だましのようなもの、私にかかればすぐに解除できるので。ところで、クフェアさん。そのままでも問題ないので、本日の予定をお伝えしますね。あ、別に着替えてくださっても問題ありません。昨日もお伝えしましたが、生身の身体に興奮するほど若くもないので」
「アンタの場合は解体とかそういう意味合いで興奮しそうだけどな……」
クフェアの言葉に目を丸くしてニコリ、と微笑む。
本当に彼女は何も思っていないのか、それ以上何かを告げることはなく我が物顔で部屋にある椅子に座っては足を組んで待っている。カルミア相手に、何を言っても時間と徒労の無駄であるとすぐさま理解したのかクフェアはゆっくりとベッドから起き上がりかけてあった服を手に取り気にすることもなく着替えを始める。
「予定では、聖堂騎士団が使用していたとされている修道院を調べます。ちなみに、サリュストル先生は書斎で日記を探してくれていることでしょうね」
「日記……?」
「サリュストル先生のおじい様が遺された日記です。あの本の山のような書斎の何処かにあるらしいんですが……。私も半分調べたのですが、見つけることが出来ず諦めました。まぁ、サリュストル先生のことですから、大丈夫でしょう」
根拠は特にありません。
素晴らしいほどのいい笑顔で言い切っては、足を組みなおすカルミア。そして、ゆっくりと神剣な表情と声色をしては話し始める。
「聖堂騎士団ですが。……実のところ、私も関わったことがないので何とも言えないのですが。関連しそうな聖堂教会に関しては一つだけ、あいつらはびっくりするほどにクソ集団です。正義の名のもとであれば、何でもしていいのかと反吐が出るレベルで」
「お嬢さんの顔を見る限り、安易に想像できるのが凄いな。……まぁ、昔から聖というものがついている連中はロクなもんじゃない。大体の奴らは巻き上げた金で私服を肥やしてはダメになっていく集団だ。騎士団、とついていると言えどもそいつらもそうだったんじゃあねぇか」
「どうだったのでしょうかね。……知識程度でしか知りませんが、聖堂騎士団は異端審問に掛けられて正式に解散することになったらしいです。まぁ、何にせよ行けば分かることですよね、こういうことは」
考えるのが面倒になったのか不明だが、カルミアはそっと言い捨てる。
そして、懐から一枚の紙を取り出して机の上に置かれている万年筆を手にしては何かを静かに書き始める。話しに飽きたから、落書きでもしているのか、と思ったクフェアは身なりを正してからカルミアに近付いて神をのぞき込んだ。
そこには、落書きでも何でもなくれっきとした文字が書かれていた。
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