第41話

「ま、結局のところ。立場が変われば善悪などもすり替わっていくものですからね。……私的にはどちらが悪いというよりも、人が持っているコンマ一パーセントの悪意に付け込む奴が一番の悪だと思っていますが……。残念なことにそれは証明のしようがありません」


 珍しく困ったように眉を下げて告げてから、ゆっくりと視線を手元の日記へ移してパラパラとページを捲って読んでいく。綺麗な文字で書かれている日記を見て、思い出したようにくすりと何も面白いことなど一つも存在していないが微笑んでしまっている。

 その文字を見て、当時のやり取りを思い出したのだろう。


「別に私は正義の味方というわけではないのですが。面白いことは、大好きな類なんですよね。……明日、皇帝のいる屋敷まで行ってくる予定です。どうやら

この国は聖堂騎士団が活躍していた数百年前からコンマ一パーセントの悪意に付け込まれていたようですから」


 カルミアは得意げに笑ってから、日記のとあるページを聞いてサリュストルとクフェアに見せる。既に一度日記を読んでいるサリュストルは何処のページのことを言っているのか分かっているのか近付いて確認をすることはしない。

 クフェアは、そっと腰を上げて日記を手に取りカルミアによって開かれているページに目を通す。


「……『たまたま皇帝と謁見することになった。皇帝の目は、酷く赤く血走っており、まるでおぞましい何かを宿しているように見えた。後ろに控えていた魔術師が持っていた小瓶の液体を読むと、皇帝は人が変わったように穏やかに青い瞳で話しかけてきた』……か。なんだか、妙だな」


 書かれている文章は至って普通であり、たまたま皇帝と謁見することになったサリュストルの祖父、シャルノ=アルク・サリュストルの主観的なことが書かれているだけの普通の日記に過ぎない。カルミアは、ニコニコとしながらクフェアに近付いて、まるで何かを知っているようなもったいぶった話し方で言葉を続けていく。


「私たちは、実際に皇帝を見たことはありません。なので、皇帝の瞳の色が赤なのか青なのか知りません。ですが、アルクさんはこう書いています。魔術師から渡された液体を飲むと変わったと。単純に瞳の色を変える魔法薬と思ったけど、鎮静剤的なものを飲んで通常の瞳の色に戻したと考えることもできます」


 勿論、彼女の言う単純な魔法薬というものも存在はしている。

 だが一部を的確に変更させるということは、高度な技術が必要になる。ただでさえ変身薬は作るのが難しく上級魔術師でも毎回同じレベルのものが作れるというわけでもない。それほどの優秀な魔術師が皇帝についている、ということもあるかもしれないがそう考えるよりも後者の鎮痛剤を考えるほうが辻褄が合うのだ。


「もし、瞳になにがしら魔力があった場合は見ればわかりますので……。やはり、謁見するのが一番早そうですね」


 満足気に、ふぅとため息をついては肩をすくめる。

 魔力が関係するのであれば、カルミア自身が実際に見たほうが全てを理解することが出来る。加えて、彼女の前ではい、いいえのクローズド形式の質問をすればカルミアの前で嘘をつくことはできない。

 あらかた話したカルミアは、いつの間にか部屋から出て行こうとしていたサリュストルの方向へ視線を向けて、ニコリと微笑んで話し出す。


「進捗だけ。……一連の紅く染まる現象については、王家の呪いでもなんでもありませんよ。皇帝側が革命時に拘束していた貴族を利用して良からぬ実験をしていたようです。結果、処刑された貴族の体内に存在していた魔力があふれ出して巡り巡ってこうなったのでしょうね。まるで、闇を暴けと貴族たちが言っているようです」


 基本的に依頼内容の進捗は、依頼主から求められない限り自ら依頼主に伝えることはしないカルミアが進捗を伝える。それほどまでに、サリュストルの表情が不安げだったのか。

 はたまた、彼女の気まぐれなのか誰にも分からない。


「カルミア様、少しいいでしょうか?」


 数回ノックした音が聞こえたカルミアは、「どうぞ」と声をかける。そして中に入ってきたのは、穏やかそうな雰囲気を持っている一人の使用人。

 少し開きかけたところ、扉の近くに居たサリュストルはそっと扉に手をかけて開く手伝いをしている。そのおかげで、中に使用人が入ってきてぺこり、と一礼してからカルミア宛てに連絡が来たということを告げる。

 そっと手紙を受け取って、文章の確認をしてからカルミアは懐から懐中時計を取り出してパカリ、と開けて何かボタンのようなものを押す。刹那、時間を刻んでいる盤面からホログラムのようなものが出てくる。


「手紙、受け取りましたよ」

『あ、良かったっス! ちゃんと、手紙届いてたんスね。それにしても、タイミングが悪くてなぁ。さっき、エスピアの現皇帝であるグロウ・アンフィリアンスからの謁見依頼の手紙が届いたんスよ』


 ホログラムで映し出されたのは、チョコレート色の髪の毛の中にぴょんと生えた獣の耳を持つ半獣人であるルピナス・ファレノプシス。

 替えの言葉を聞いて、口角が上がるのを抑えきれていないカルミアは心底楽しそうに笑いながらそっとクフェアたちを視界に入れる。今、まさにどのようにして忍び込もうかということを僅かならが考えていた時にやってきた、罠と分かり切った素晴らしいお誘い。

 罠と分かっていたとしても、それらを無視するほどカルミアは慎重派ではない。

 むしろ、罠であると理解していて自ら飛び込んでは内部を荒らしていく。それが彼女なのだ。


「それは確かにタイミングが良くなかったですね。ですが、実にいいタイミングとも言えます。ルゥ、面倒かけますが。その手紙にはカルミアは任務中であるために彼女の代理として現在エスピアに居るロベリアと彼女の弟を向かわせますと書いて直ぐに送ってください」

『了解っス! ……てか、これ絶対に誰がどう見ても罠っしょ。皇帝からの手紙なんて珍しく過ぎるんで、オフェリアくんが喜々として手紙の解析をしていたんスけど、妙な魔力がくっついていたって言ってたし。気を付けるんスよ』

「あっはっは! 分かっていますよ、ほら。何処かの国の言葉であるじゃないですか。飛んで火にいるなんとやらってね。……では、よろしくお願いしますよ」


 かち、と再び側面につけられているボタンを押すと出ていたホログラムが消える。

 かちり、と蓋を閉じて何事もなかったかのように懐中時計を懐の中に戻してから伸びをしてにっこりとしている。


「……その顔、うぜぇぞ」

「いえ、嬉しさのあまり、つい。ですが、一気にことが進んだことは結構喜ばしいことでもありますね。丁度、変身薬も問題なく完成したところですし。明日の、昼前くらいにお邪魔することにしましょうか。ルゥたちは優秀ですからね。オフェリアの解析が終わり次第、転移魔術か何かで手紙がこっちに送られてくるでしょう。それを証拠として門番に見せて中に入るというルートで行きましょう」

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