第40話

 分量を少しでも間違ってしまえば、変身薬は使い物にならなくなってしまう。口に入れるものであるから、出来上がれば必ず問題ないかを確認する必要がある。


「お嬢さんは、まるで革命を見てきたように言うよな」

「そうかなって思って話しているだけですよ。実際に、革命のときはこの国にはいなかったですし。別に、私としては誰が死のうが誰が生きようが本当にどうでも良いんですよ。私に直接的に関係がないのであれば、どうぞご勝手にて感じですよ」


 フラスコの中の液体の色が変わってきていることを確認してから、再び試験管に入れられている他の液体を数的中に入れてはゆっくりとかきまぜる。時折、ふぅと息を吹きかけては中身の様子を窺っている。

 クフェアは、レポート探しを行っていたが次第に飽きてきたのか「くぁ」と大きく欠伸をして伸びをする。それでも、カルミアとは異なり手を止めることはなく静かに探し続けているあたり、彼は根っこのところは真面目なのかもしれない。それを分かっていてカルミアは彼に資料探しを任せたのか。


「これは、私の友人である記録者の魔女が言っていた言葉なんですがね」


 口を動かしながらも、薬を作る手は止まることはない。

 先ほどに続き、彼女の口から友人という言葉が出てきてどうしても眉を動かしてしまうクフェア。先ほどは言うことはしなかったが、喉元にとうとう「お嬢さんにも、そういう存在がしっかりと居たんだな」という言葉がせりあがって口から出てきそうになるが、寸で止める。

 問題ないかもしれないが、それを言ってしまえば面倒なことになると思ったのだろう。


「……それがどれほど汚くとも、どうしようもなく信じることができないものであっても、薄汚れた世界であっても。それを目印にずっと生きて、もがいて居るからこそ。これだけは裏切ってはいけないというものがあるのだとか。それを裏切ることになれば、それまでの自分を否定して捨ててしまうことになると」

「……そうか」

「私にはわかりませんが。……きっと、サリュストル先生も、アルクさんにもあると思うしあったと思うんです。こういう職業だからこそ、絶対に裏切ってはいけないと思っているものが。私はそれが何かを理解することはできないと思いますが、何となく。皇帝が隠している事実は、彼らの信じ続けているものを、侮辱しているような気がするんです」


 静かに呟かれているその言葉には、確かな怒りが見え隠れしている。

 他人のことで怒ることも出来るのか、と変に感心していたところでカルミアは息をついてから空っぽの複数の小瓶の中に出来上がった薬をゆっくりと注いでいく。注がれていく液体の色は紫で、到底人が飲むような色をしてはいなかった。

 同時にクフェアも、何かを見つけたのかそっと眉をひそめては口を開いて文字をなぞりながら読み上げる。


「……人造人間、製造計画」

「ホムンクルス、ではなく?」

「ホムンクルスであれば、そう記載されているはずだろう? それに、この内容を見る限りだと……」


 ゆっくりと目を背けては、苦虫を嚙み潰したような表情をするクフェア。

 それだけで大体の事情を察したのだろう。カルミアは、小瓶へ液体を入れ終わったのか残った数滴を鞄の中から実験モルモット用のネズミが入っているケースを取り出してネズミを押さえつけて無理やり口を開けて数滴を落とす。

 ボフン、と音を立ててネズミが小鳥になったことを確認して満足そうに頷いてからクフェアを視界に入れて話し出す。


「人間を限りなく不老不死へ近い状態へしようとする実験ですかね?」

「それに、……近いんだろうな」

「いくら人間の皮があろうとも、死から限りなく遠のけばそれはまた違うものになる。神なんてちっぽけで安っぽいものを信じているわけではありませんが、裁きの鉄槌がやってきても文句は言えませんよ。何処までも傲慢で……」


 そこまで言葉を紡いではピタリと音が止まる。

 同時に、この部屋にある空気までもが止まってしまったのではないかと錯覚して締まるほど音が一瞬全て止まってしまう。ふと、カルミアは脳内で様々な可能性が浮かんではニンマリと楽しそうに口角を上げて笑っていた。


「クフェアさん。私、多分なんですが罪の欠片って浄化したら使えないんですよねぇ、扱い結構面倒なんですよ、とか言っていましたよね」

「ああ、言っていたな」

「正直なこというと、私は手にしたことがないのでなんとも言えないのですが」

「だろうなとは思ってた」


 特に怒ることもせず、責めることもせずに淡々とカルミアの言葉を聞き流して軽く返事をするだけのクフェア。彼女自身も、それを言ったところで彼が何か大きなリアクションをするとも思っていなかったのだろう。

 想像通りの反応で、少しだけ不満そうではあるが面倒なことにならなかったのでカルミアとしては可もなく不可もなくといったところなのだろう。少しの沈黙の後に控えめにノックの音が部屋に響く。


「どうぞ」


 カルミアの声に、ゆっくりと開かれていく扉。

 どこか遠慮がちに入ってきたのは、部屋の中を見てまるで簡易的な魔術工房のようになっていることに驚きを隠せないのか目を見開いてから苦笑をするサリュストル。彼の腕の中には、一冊の本が確かに抱えられていた。


「まだ見つけた日記をお渡ししていなかったことに気づいてきたのですが……。これは、なんとも……凄いことになっていますね。まるで、魔術工房に来た気分になります」

「日記……ああ、そうだ。すっかり聞くのを忘れてしまっていましたね。あと、部屋を改造をしてしまいましたがすぐに片付けも出来るのでご安心を。……サリュストル先生?」


 日記をカルミアに渡してから、少しだけ視線を彷徨わせて何かを言いたげな表情を見せているサリュストル。そんな彼に気づいて、カルミアは首を傾げながら片手で日記を持って話しかける。


「……実は、日記を見つけた時に少し読んで。檀家、本当に暴いていいのか、よく分からなくなって、しまって。はは……すみません。お二人に依頼をしたのは僕だというのに、こういってしまうのは良くないですね」


 眉を下げて、少しだけ泣きそうな。

 まるで迷子の子供のような表情をしてから、サリュストルはカルミアを見て微笑んだ。カルミアは首を傾げて、空いている片手で自身の頬を手を当ててから軽く目を閉じて数秒後に目を開ける。


「サリュストル先生は、絶対的に貴族が悪いと思っていますか?」

「……え? いや、どうでしょうか。僕には正直……、そのことをこの目で見て記憶しているわけではありません。記録や歴史、周囲がそう言っているからそうなのだろうな、と思っている程度です。悪でも正義でも、……」

「……じゃあ、皇帝側のことを英雄とは?」

「もし、カルミア殿の言う通り貴族が悪であれば、それを正した皇帝側は正義になり英雄と言っても差支えはないような気は、しますが。でも」


 少し表情を曇らせて、それでも疑問を抱えてカルミアの質問に答えていくサリュストル。

 カルミアは、その答えに納得するように頷くも彼が何か言いよどんでいることに気づきながらも、そっと笑って話し出す。

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