第44話

「おや。……もしかして、クフェア殿ですか?」

「処刑人先生か。かなり姿が違うが、分かるもんなんだな」

「雰囲気と言いますか。……すみません。実は、先ほどカルミア殿から聞いていたので直ぐに分かりました」

「ああ、なるほどな」


 流石だな、と思ったのもつかの間。

 すぐにサリュストルによりネタバレされてしまい、冷静に考えて頷く。彼よりも先に出て行ったカルミアが、彼に本日の予定を伝えに行っていたという可能性も考えなかったわけではない。それでも直ぐにその可能性が出てこなかった理由の一つとして、身体に思考が引っ張られているのでは、ということがある。

 その思考に対して、普段であればすぐに気付くことが出来ることであるが気づけなかったことに不甲斐なさと同時にカルミアの作る変身薬に嫌気がさした。

 市販で売られている変身薬には、姿に引っ張られて思考が変わるなどの効果はない。しかし、皇帝謁見で幼い子供が聡明すぎると疑われるとクフェア自身も思っていたのだろう。この付随された効果は厄介ではあるが、ある意味で助かるものだ。


「幼い姿になると、思考まで幼くなることは驚きですね。カルミア殿の作られる薬はあまりにも凄い、と風の噂程度で聞いたことはありましたがココまで凄いとは思いもしませんでしたね。結構、負担になっているのでは?」

「いや、負担になっているという自覚はあまりない。もしかすると、解毒剤を飲めば負担が一気に来るかもしれねぇが、そういう肝心なところは何一つとして聞いてねぇな」

「カルミア殿、話をうやむやにするのが上手いですからね」


 彼自身も今回の滞在の間で、カルミアにうやみやにされたことがあるのだろう。思い当たる節があるのか、苦笑をしながら告げている。あまり褒められたことではないことを、褒めるところサリュストルは少しずれているのか否か。

 考えるだけ無駄だと判断したのか、クフェアは眠そうに欠伸をしながらサリュストルと共に歩いていく。特に何処に行くのかは言っていないが、時間的に食事にうるさいカルミアのことだ。毎度の如く、食堂に一番乗りで歩いていき二人が来るのを待っていることだろう。

 以前、サリュストルがあまりにも空腹であれば待たずに食べていても問題ないと彼女に告げたことがあるが、それに対して「皆で食べなければ意味がない」と何処か不満げに告げたカルミア。彼女には彼女なりの何かがあるのか、初日から遅めに来る二人に文句を言いながらも絶対に先に食べるということをしないのだ。

 二人が食堂の扉を開けて、中に入ると案の定膨らませては静かに不機嫌さを出すカルミアの姿。


「二人とも、今日で早三日が経とうとしていますが。……毎回、少し遅れてやってくるのは私を試すためなのでしょうか」

「あはは。これでも、早くに来たほうなんですがね。廊下でクフェア殿と出くわして、少し雑談をしながらね。今回に関しては彼の歩幅に合わせていたので、少しだけ少し遅れてしまったのでしょうね」

「ならば、まぁ……仕方ないですね。サリュストル先生が、言い訳まがいなことを言ったことに免じてなかったことにしましょうか。それにしても、本当にこの屋敷のごはんは美味しいですよね。家庭料理のような感じがして、私は好きです。豪勢な料理を出されるよりも、このような普通の食卓という感じが。……なんだかとても、懐かしく思えて嫌いではありません」


 サリュストルとクフェアが席に着いたことを確認した使用人は、会釈をして食事を運んでくるために一度部屋から離れて厨房へと向かって足を進めていく。小さくなったクフェアのことも、事前にカルミアが使用人に話をしていたこともあり、椅子の上にクッションなどが置かれており問題なく座っている。

 これで子供用の椅子などを用意していようものならば、クフェアは苦虫を嚙み潰したような表情をしながらカルミアに無駄と思いつつも攻撃魔法をぶつけていたところだったろう。

 子供の姿をしていると言えども、彼はれっきとした大人なのだ。彼なりのプライドというものは当然に存在している。


「いつもは黙々と食べて、そそくさとで出かけるのに今日は違うのですね」

「まぁ、何となくですよ。……こうやって、少し会話を行いながら食事をするのも嫌いではありませんからね。たまにはこういうもの良いでしょう?」


 そっと使用人により、運ばれてきた料理を視界に入れてから使用人に「ありがとう」と簡潔にお礼を述べてキラキラとした瞳で目の前の料理を見つめている。朝食ということもあり、質素なものであるが質素過ぎず。豪勢過ぎずでいい塩梅のものだ。


「先日から思っていたんですが、とても腕のいい料理人でも雇っているのですか?」

「僕からしてみれば、彼らが作ってくれる料理が当たり前なのでなんとも思いませんが。カルミア殿が言うのであれば、そうかもしれませんね」

「私の屋敷では、基本的に魔術駆動型の双子人形が家事を担当してくれているのですが。あの二人に負けず劣らずに私好みの料理です。……困ったもので、双子は気まぐれでして。片方は気分で料理が食べられるものではなくなり、片方は気分で自分の好きな食材のオンパレード。困ったものですが、それもそれで楽しいものです」


 カトラリーを手にして、ゆっくりと口へと料理を口へと運んで静かに咀嚼をしてはコクリと喉を動かして飲み込む。

 カルミアの屋敷は、大きな屋敷の割に住んでいるのはたったの四人のみである。最近は、クフェアがとある事情により彼女の屋敷で住み込みで働くことになったがそれでも五人。表では店を併設していると言えども、五人で暮らすには広すぎる大きな屋敷なのだ。


「そうなのですね。それにしても、魔術駆動型……。巷で有名な、自動西洋人形オートマタ・ビスクドールとは違うのですか?」

「ええ。うちに居るのは、その自動西洋人形オートマタ・ビスクドールをモデルとして造られた双子の少年人形です。実物は見たことがありませんが、サリュストル先生は見たことがありますか?」


 二人の会話に出てきた、『自動西洋人形オートマタ・ビスクドール』とは貴族の間ではやっている女性の魔術駆動型人形である。まるで人間のように感情を持ち、主人には忠実。それでいて、大層美しい女の姿をされている人形だ。

 愛でるだけに飽き足らず、軍事国家ではそれらを大量に作り出して魔力兵器として造り上げられているところもある。戦闘型の人形は女型だろうが男型であろうが総括して『戦闘人形シュラハト・ビスクドール』と呼ばれている。

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