第46話
昼が来ることがない宵闇の国のとある場所にて。
一通の手紙を受け取った一人の少女が、手紙の内容を読んで悲鳴を上げていた。
「……グゥルル(何事だ)」
「ギュルゥウ(番様が、なんか手紙を読んで悲鳴をあげてた)」
「え、エスピアの歴史書なんて何処にしまったっけぇえ!!」
手にしていた手紙をポイっと空中に放り投げては、屋敷の中を全速力で走っては何処かへと向かっていく夜会に行くような恰好をした黒が基調の服に青薔薇があしらわれている衣装をした少女は、ヴィオルーチェ・ウィークリクト。
慌てふためくヴィオルーチェに対して、彼女に対して呆れたような鳴き声を出している鋼色の鱗をした龍と、黒色の鱗をした竜が一匹づつ。二匹は、バサバサと翼を動かしつつもポテポテと足を動かして歩いていた。
「グルゥウ(ヴィオ、書庫はそっちじゃない。左だ)」
「え、そうだっけ? ありがとう、ディアセラ!」
「ギュルルウゥウ(あ、書庫は大量に本が積まれてるから気を付けろよ)」
「はいはぁい!」
鋼色の龍、ディアセラに注意をされてヴィオルーチェは急いで方向転換をして歴史書や記録書が格納されている書庫へと向かって急ぐ。
そんな彼女を心配そうにしながら、二匹のりゅうは「くあ」と口を開けて大きく欠伸をしていた。そんなのんびりとした時間は数秒足らずで、ヴィオルーチェの悲鳴を合図に終了してしまう。
「きゃぁああぁああ!!!」
「……」
バタバタとした何かが落ちる音と、甲高い悲鳴。
注意をしたのにも関わらず、結局何かに巻き込まれているヴィオルーチェに頭を抱えたくなったのか二匹のりゅうは首を左右に振ってから彼女が入り込んだ部屋へと近づく首だけを入れる。
「グルゥウル(ほれみろ、ルチルストの言う通りになったじゃないか)」
「ギュルウ……(あぁ、えっと、大丈夫か?)」
「キュルルゥウ!!!」
「あ、もう、フォスリス! 見つけてくれたのはありがたいけど、それを今すぐやつがれに渡して!」
二匹が部屋をのぞいてみると、そこにあったのは大量に積まれた本が雪崩を起こして床に散らばっており細長い海洋竜の幼体である、フォスリスが一冊の本を口に加えてヴィオルーチェから逃げるように動き回っている。
ヴィオルーチェはそんな彼から、本を取り返すためにバタバタと走り回っている。
ただでさえ、大量の本がしまい込まれて詰まれている場所だ。彼女たちがバタバタと走り回っていれば何かが起こるのは火を見るよりも明らかである。
「……ッ、ギュルゥウ!(番様、あぶねぇ!)」
「え……? ひゃ!?」
ようやくフォスリスから一冊の本を取り戻した瞬間。
ヴィオルーチェの頭上に積み上げられていた本が一気に落ちてくる。図体が大きいディアセラとルチルストは首だけは部屋に入れることは出来ても、身体は中に入れ込むことができない。
故に、二匹は心配し声をかける琴しかできないのだ。
「キュルウ……ッ!(だいじょうぶ、ヴィオ?)」
「だ、大丈夫……、間一髪、で。というか、フォスリスが逃げなかったらこんなことにはならなかったんだからね!」
「グゥルウウ(いや、お前が常日頃から掃除をしていればこうなってない)」
ディアセラに至極まっとうなことを言われて、ヴィオルーチェはそっと扉から目を背けてしまう。彼女は自身に巻き付いている、フォスリスの胴体を撫でては問題ないことを告げてそのまま立ち上がる。フォスリスは、巻き付いていたが彼女が立ち上がったことによりそっと地面に移動する。
取り返した本の中身が問題ないことを確認してから、一冊の本を抱えてフォスリスと共に部屋を出る。二人が走り回ったことにより崩れて床に散乱してしまった本は一切見向きもしていない。
「グルゥウ(ヴィオ、後で片づけるように)」
「カルミアちゃんからのお仕事が終わってからね! フォスリス、ちょっと今からオリジナルのコピーをするから庭の噴水で遊んでいて」
「キュルウ(いっしょじゃ、だめ?)」
「だめ」
フォスリスのお願いに対して、にっこりと駄目だと告げて本をコピーするために部屋の移動をする。
ヴィオルーチェは、友人でもあるカルミアからエスピアの歴史に関する本があれば欲しいと言われているのだ。正確には、代筆で依頼を貰っただけなので本人の文字でもらったわけではないのだが。
「ギュルウ(フォス、一緒に遊ぶか?)」
「キュルル(ルチル、びりびりするからやだ)」
「雷と水は相性が良くないもんね。あ、そうだ。これ、コピー取ったらカルミアちゃんに届けに行くんだけど。ルチルスト、エスピアのピアシオンまで乗せてくれるかな?」
本を抱えて、足を止めて後ろを振り向いて告げる。
ルチルストは、嬉しそうに一鳴きしては問題ないことを告げている。そんな彼を見て、現金な奴め、と思ったのか「グルゥウ」と何処か不満げに鳴いたディアセラ。そんな彼らの視界に入れてから、楽しそうに笑って部屋を移動して本のコピーを用意する。
ヴィオルーチェは、カルミアから依頼された歴史書を見つけたものの原本を渡すわけには行かずにコピーをとるためにバタバタとしている。
「キュルウ(よかったね)」
「ギュルゥウウ(そうだなぁ。番様とデートは久々だなぁ)」
「グルゥウウ(ということは、我とフォスリスは留守番ということか)」
部屋に入ってから数分後。
ヴィオルーチェは二冊の本を抱えて、コピー本と思われる歴史書をルチルストに手渡してから原本を書庫にしまい込む。すぐに仕舞い込むことが出来たのか、彼女は部屋から出てきてでかける準備が必要だ、と告げて外套と鞄を取りに自室へと走っていく。
龍や竜が平然と屋敷に入れるくらいの大きさの屋敷だ。
だからこそ、小柄な少女からしてみれば異常に広い屋敷をバタバタと走り回っているようなものである。
「キュルルウ(いいなぁ。僕もたびにいきたい)」
「ギュルウ(お前は翼がないから無理だろ)」
「グルゥウウ、グゥウ(言い争いはするな。……はぁ)」
ディアセラは、軽く首を数回振っては息をつく。
刹那姿が、鋼色の鱗を纏ったドラゴンから長身で体躯の良い青年へと姿を変える。そのまま地面に居たフォスリスを小脇に抱えて歩き出す。向かう先は、ヴィオルーチェの自室だ。
数回ノックをして、返事を待たずして扉を開ける。
「ヴィオ、今日の来客はないだろうが。何かあれば対応はしよう。道草を食って、遊ばずに真っすぐ仕事をして戻ってくるように」
「あれ、ディアセラ。人の姿になるのはいつも嫌がっているのに、珍しいね。でも、分かった。そろそろ原稿も進めないと、担当さんが悲鳴を上げてくるかもしれないからね。よし、準備完了!」
でかける準備が出来たヴィオルーチェを見て、「気を付けて」と告げてディアセラは彼女の頭を撫でて流れるように額に口づけをする。
その行動に彼女は照れる素振り一つも見せずに、「行ってきます!」と元気よく告げてディアセラの小脇に居るフォスリスの頭を撫でてからいつの間にか屋敷の外で待機していたルチルストの元へと駆けていく。
彼女がルチルストにまたがり、エスピアへと向かって出発をしたのを見届けて息をつく。
「面倒ごとに突っ込まなければ良いのだが……」
「キュルルウ(いや、ぜったいにむりでしょ)」
静まり返った屋敷に二人が、そのようなことを言っていたなどヴィオルーチェが知る由はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます