第16話

 えへん、と得意げに胸を張って話すカルミア。その姿や言動は、どこからどう見ても子供っぽい。この雰囲気を少しでも変えようとした彼女なりの気遣いなのか否か。くぅ、と控えめになっている腹の虫からして彼女がお腹が空いている、というのは嘘ではなく事実なのだろう。後ろにいる二人を置いて、我先へと食堂へと向かって立ち去っていった。

 そんな子供のような行動を平然と行った推定齢三千年超えている女を遠目に、ため息をついてクフェアは自身の頭を軽く掻いてから足を進め出す。


「何か、手掛かりや。進展などはありましたか?」


 足を進め出した彼へ話しかけたのは、どこか不安そうな声色を含ませたサリュストル。本来であれば、その問いかけはクフェアではなくカルミアへ行うのが正しくあるべき姿なのだろう。それでも彼は、助手であるクフェアへと質問をする。それには、カルミアではなくクフェアなりの意見が聞きたい、という意味合いも含まれているのだろう。


「正直、なんとも言えねぇな。……ただ、面倒なことに一筋縄ではいかねぇってことくらいはわかっている。ああ、あれだな。いつだって、面倒ごとは人間が引き起こすもんなんだよ。今回だってそんな感じだろ。悪意がさらさらねぇ奴なんて、滅多にいない。その普段は押さえ込んでいるコンマ一パーセントの悪意につけ込まれちゃあどろどろとしたもんが出来あがっちまうのはいつの時代も、どの国でも大して変わらねぇことだろ」

「……そうですね。人間が、人間であるが故に引き起こされることだって確かにあるでしょう。貴族たちは、処刑台に立たされても泣き喚くことはなく首を落とされたそうです。祖父は言っていましたが、貴族の全員が泣き喚いて命乞いをすれば何かが変わったいたのでしょうかね」

「さぁな。そんなこと、俺に聞かれてもしらねぇよ。……でもまぁ、何かしないよりかは何かができたんじゃないか」


 少し考えた上でのその回答。クフェアは何気なく言った言葉なのかもしれないが、それでもサリュストルからしてみれば満足のいく回答の一つだったのだろう。彼は少しだけ嬉しそうに目元を細めて微笑みながら、扉を閉めて食堂へと歩いていくクフェの後ろを歩いた。

「悪意がない人間なんて滅多にいない、ですか」

 その呟きは誰にも拾われることなく、そっと静寂に溶けていくだけだった。


 夕食を無事終えたカルミアとクフェアは、再び解体室へと戻ってきていた。

 台に載せられている男は、すでに目を覚ましたのか縛られながらも出来うる範囲で周囲を見渡しては場所を理解したのか勝手に顔を青ざめている。二人は、着用している衣服が汚れないように白衣を着てはゴム手袋を着用し男の解体のための準備を着実に進めている。

 そそくさと、事前に用意していたメスや麻酔などに問題がないかをカルミアが確認しあらかた確認を終えたのか満足そうに微笑んでは伸びをする。


「さて、と。事前確認はここまでにしておきましょう。こちらに来る前に部屋から、記憶を映像へと落とし込み抜き取っては媒体することができる装置も持ってきているので心置きなく進めていけるでしょう。クフェアさん、とりあえず脳みそを取り出したらこちらの液体に満たされている容器の中に入れて蓋をしてください。この容器は、こちらにある鏡に魔力線で繋いでいるので映像が流れるようにしていますので確認までセットでお願いしますね」

「脳みそを取り出してって、下手をすると機能停止しちまうんじゃないか? そうなれば、映像を確認することもできないぞ」

「ご安心を。この液体は特殊な液体なので、この中に入っている限りは他の機関が停止しても単独で生命維持をすることができます。確認したいのであれば、一旦心臓を握り潰すなりしてみるといいですよ。この液体の中に入っていれば、器が息だえたところで影響なんて何一つないと証明できますし」

「おいおい……、こりゃ闇市でもなかなかお目にかかれない代物じゃねぇか。まさか、これらも作ったのか?」

「錬金術は、物質を別の物質へ変更する程度のようなものです。無から有を作るものではないんですよ。まぁ、私は一応魔工も齧っているのでできなくはないですけど、これは……かつて私が幼い頃に住んでいた家にあったものです」


 少し離れた机の上に置かれているのは、透明な液体が入った細長い筒状の容器とこの部屋にあったであろう大きめの鏡だ。鏡は液体で満たされている容器の後ろにあるコードは彼女が言った魔力で作り上げた特殊な線なのだろう。鏡に関してはどこにでもあるものであるが、この液体を満たしている容器と液体に関しては滅多に手にすることができないものである。

 だからこそ、クフェアは物珍しそうにそれらを見ているのだろう。

 昔こそは、それなりに闇市で出回っていたものであるがいつからか「人の記憶を盗み見するものではない」という道徳的な方針でこの機械が作られることもなくなり個数も減ったことにより必然的に闇市から姿も消した。それでも、これを重宝するものたちは一定数いるためにオークションなどで出品すれば一生遊んで暮らしていけるほどの大金が手に入ることだろう。


「まぁ、一応解体前に弁明くらいは聞いてあげますかね。クフェアさん、音漏れとかしないですよね?」

「しっかり施錠もしているから問題ないない。チェーンソーを使って解体などしない限りは、問題ないだろ」

「チェーンソで解体。なんと魅力的な言葉なのでしょうか……。私としては、なるべく傷をつけることはせずに使えるものは最大限使いましょうという方針ですので使用は我慢しておきます」

「いや、そもそもこの部屋にチェーンソーがねぇよ」


 二人の会話に、ガタガタと震え始める男。抗議をしようとも、口には猿轡がはめられているために満足に声を出すことさえもままならない。クフェアは、そっと装置の位置に問題ないかなどを確認し始める。加えて、脳みそを入れた後の操作方法の確認も行なっていた。彼は実際にカルミアのもつ魔術道具の操作を行ったことは片手で数える程度でしかないが、本来の器量の良さがあるのか大抵のものは一度でも理解すればすぐに扱うことができる。だからこそ、カルミアに屋敷の滞在を許可されているということもある。

 そんな彼の傍で、楽しそうにあきらかに上機嫌と言わんばかりに鼻歌を口ずさみながら手術道具を揃えているカルミア。こちらは準備も早くに終わったのか男に近づいては猿轡を取ってはニコニコとしている。


「な、何をするつもりです……?」

「何って。あなたの解体をするのですが?」

「わ、私を殺すというのか!?」

「どうで死刑囚なんでしょう。死ぬことには変わりがないのだから、どっちでもいいでしょうに。もしかして、今更死ぬのが怖いとか馬鹿みたいに泣き喚きますか? まぁまぁ安心してくださいよ。ちゃあんと麻酔をかけてから眠っている間にいつの間にか逝けると思いますので。私も鬼ではありませんからね。そうですねぇ……、今からする質問に嘘偽りなく答えていただければ考えなくもありません」


 そう告げられても、人間というものは自分が助かりたいがために少し誇張した事実でもありながらもひとさじの嘘を含めてしまうものである。勿論、それを分かっていてカルミアは告げているのだ。理解しているからそう誘導するようにも発現する。彼女に、はなから目の前の男を助けるつもりなど毛頭なかったのだ。

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