第15話

 ゆっくりとした口調と声色に反して、どこか寂しそうな表情をしては目を伏せる。

 本当は、仕事であろうとも誰も殺したくはないし、死刑なんてなくなってしまえばいい。

 彼が呟いた言葉と同時に感じてしまった、彼の思いにどこか満足げに口角を上げて微笑むカルミア。嘘は何一つついていない。彼は、それが仕事なのだから処すだけなのだ。そこに、彼自身の感情は付随していない。だが、もしも感情が付随することになるとするならば。


 ――本当に。あなたのお孫さんは、とてもあなたにそっくりですね、アルクさん。


 サリュストルは静かに立ち上がり、机の棚から鍵束を取り出してその中の一つの鍵を回収し立ち上がる。ゆっくりと歩いてきては、その一本の鍵を何くわぬ表情で当たり前のようにカルミアに差し出した。


「これが解体室の鍵になります。夕食までわずかですが、その者を置いておく必要がありますからね。ついでに、解体室まで案内しますよ」

「そりゃ、どうも。っと、こいつ見た目は細っちいくせに持ったら意外と重いんだよな。はぁ、お嬢さん、行くぞ」

「意外に着痩せするタイプなのかもしれませんね。もしくは、内部構造が私たちと異なっておりそれにより質量なども異なっているとかあり得そうですが。じゃあ、早速行きましょう。わずかにこの老人、臭いますし。それを置いたら夕食前に一度シャワーに行ったほうが良いですよ、クフェアさん」

「俺の鼻がおかしくなってないようで良かったよ」


 先に執務室を出て、扉の先にまでっているサリュストルのところまで続くように歩いていくカルミアとクフェア。彼は床に転がしておいた男を再び担いでは文句を言う。カルミアはクツクツと楽しそうに喉を器用に鳴らして笑っては、シャワーをすることを勧めてはサリュストルに続いて歩いていく。向かう先は、当然解体室である。

 サリュストルの案内で、解体室までやってきた二人はそっと開かれた扉の中へと足を踏み入れていく。中は思っていたよりも綺麗だったのか、「ほう」と小さく感嘆の声を漏らしているカルミア。解体室、というものはどうしても地下など一目につかないところにあることが多く、加えて湿気などで汚い場合も多いのだ。


「最近は使用することは滅多にありませんが、掃除は欠かしていませんからね」

「地下にありゃ、掃除でもこまめにしておかないと陰鬱な雰囲気がすぐに漂いそうだしな。……っと、とりあえず、今は気絶しているがどうする」


 クフェアは台のうえに男を置いては、肩を回している。

 チェイルジュリからずっと肩に担いでいたこともあり、疲労も溜まっているのだろう。小柄で痩せているように見えるが、担いでいた本人曰くは見た目に反して重いという宣言もあり軽く肩も凝ってしまったのかもしれない。時折、肩を回している最中に首を回してはぽきり、と軽い音を響かせている。


「手足を拘束するベルトなどは?」

「もちろん、ありますよ。他に、必要なものは?」

「そうですね……。いくら地下といえども、叫ばれたりしたら鬱陶しいので猿轡もあればお願いします。あまりここに放置するのもあれですから、夕食後にでも早々に解体してしまいます。……ああ、そうだ」


 カルミアは、念のためといった素振りで寝かされた男を観察しながら口を開く。

 横たわらせた男を見て、解剖した時の楽しみを想像して口角が上がっているのが隠しきれないカルミアは何かを思い出したのだろう。視線を男から、扉近くにいたサリュストルへと向けて話し出す。


「マリア王妃ですが。処刑前は、チェイルジュリに居たようですが、元々はどこの監獄に収容されていたかご存知ですか? チェイルジュリの看守に聞こうと思ったんですがみんな口を開かず武器を向けてくるものばかりで、まともに会話一つできなかったんですよね」

「マリア王妃ですか……? 確か、チェイルジュリへ変わったのは処刑される数日前だったはずです。元々は、昔聖堂騎士団が使用していた修道院にて幽閉されていたはずです。もしかして、明日はそちらに?」

「まぁ、そんなところですかね。マリア王妃やルーチェ王とは対面して何か関わりがあったわけではありませんが。アルクさん主観で人となりはなんとなく。……それに現地の痕跡が教えてくれるものもありますから。その土地に染みついたもの、魔力。そして記憶は巡り巡って地脈を通り循環する、というのはよくある話でしょう」


 後半部分からは、話をしながら横になっている青年を拘束しながら話すカルミア。当時の人がすでにおらず、真実を知るものはこの世界にいなくなったとしても記憶は記録され、その記録は消えることがない。仮に地脈や充満する魔力からカルミアが紐解くことができなかったとしても、当時の記録を遡れば何があったのかは理解できる。この世界には、それらの記憶を記録として保管している組織も存在しているくらいだ。

 運がいいことに、この組織の構成員とカルミアは旧知の中でもあるために何かあればその構成員を利用することも視野に入れて物事を進めている。


「それにしても、聖堂騎士団か。……そんなもんまであったんだな」

「ええ。ああ、そうだ。もし、聖堂騎士団が使用していた本拠地を訪れるのであれば気をつけてくださいね。あそこは、皇帝が忌み嫌っている場所ということもあり近々取り壊し計画が進んでいます。もしかすると、周辺には皇族関係者や騎士などがいるかもしれません」

「グロウ・アンフィリアンス皇帝ですね。私は謁見したこともなければ、今回の一件で可能性が出てくるまで何一つとして興味もなかったんですけどどんな人なんでしょうか。革命期に活躍した軍人である、ということだけは知っていますがそれ以上の情報は特に仕入れていないんですよね」


 グロウ・アンフィリアンス。

 もしくは、グロウ一世。それが、今のエスピアを統治している皇帝の名前である。カルミア自身、本当に興味がないのか誰でも知っているような初歩的な情報しか知らず、またそれ以上興味もあまりないのか言葉が続くことはない。その言動に対して、サリュストルは苦笑をするだけであり、特に彼女の言動を咎めるようなこともしなかった。

 ただ一つ。会えばどのような人かわかる、と言葉を濁すだけだ。


「そんなに、いけすかねぇ野郎なのか?」

「いえ、そうでは……ないのですが。いや、それに近いのかもしれませんね」

「まぁまぁ。人によって、様々な思いがあるのでしょう。さて、拘束も完璧ですしそろそろ夕飯だと思いますから、このまま食堂へ移動しましょう。実は結構お腹が空いてきたなぁと思っていたところなんですよね。時計がなくとも、自分の空腹度で大体の時間は察することができますから」

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