第13話

 氷の魔女、と言っても頷いてしまうほどに冷たい声色、鋭い目つきに対して看守はゾクリとしたのか肩を震わせて顔を青くしてしまい怯えたようにコクコク、と頷く。彼がホムンクルスのことを知っているのかは不明だったが、彼女の言葉に表情を青くしたということは詳しくは知らないがある程度のことは周知されているということなのだろう。

 もしくは「共犯者」ということにして、秘密を守らせる確固たる何を築いているのか。


「しかしまぁ……。つつけば色々と出てきそうな場所だったな。それにあの看守といい。……恐怖で支配するのはあまり好かん」

「そうですね。効率が良いと言えばそれまでですが、一度でもほころびが出ればすぐに崩壊することでしょう。支配をするならば、恐怖ではなく蜜ですることが一番でしょう。信仰、というものは極めて異常なものへと発達させることが出来ますからね」


 彼女にはそのような経験が過去にでもあったのか、何処か目を伏せながら告げる。

 カルミアの過去は謎に包まれている。それは、彼女と友人関係であり利害一致の関係であるアルメリアだってそうだろう。屋敷に住んでいる者たちだって、彼女の屋敷兼ね店舗である錬金屋「星の涙ラーム・ドゥ・エトワール」がある港町コスモオラに来るまでは何処で何をしていたのか、知る者はいない。


「罪の欠片が確定で絡んでいるとするならば。……まるで意思を持っているようにして、一パーセントの悪意に付け込んでくるものですからね」


 少しだけ声色を落としては告げられるその言葉は、誰が聞いても真面目な考えの一つなのだろうということがわかる。

 チェイルジュリから出て、鼻歌交じりに足を進めていくカルミアはまるでその光景は世間を知らない無邪気な少女のようだ。鼻歌を口ずさみながら花畑で花を摘んで楽しそうに微笑んでいてもきっと疑わない。そのような雰囲気だ。結果的には、彼女が欲しい情報を監獄で聞くことはできなかったがそれ以上の収穫があったので機嫌が悪くなることはなく、むしろ機嫌は良くなる一方だ。


「それにしても。……拷問でもするのか? ああ、これは単純に俺の興味だ」

「拷問? まぁ、そうですね。でもすんなりと話してくれるのか分からないので、ちょっとお話をしてから考えようと思います。確かにそういうのは好きなんですけど、いかんせん服が汚れるのはなぁって」


 二人はそのような話をしながら、たどり着いたサリュストルの屋敷の扉の前で事前に渡されていた鍵を使って中に入って歩いていく。この屋敷は、見た目は大きいが中は閑散としている。これが、サリュストルがカルミアをここに来てもらうための一時的なものなのかは不明だがそうでなくとも彼らには関係のないことだ。


「いずれにせよ、夕食まで時間はあると思いますしどうするかは食べながらでも考えましょう。まずは、これは邪魔なので解体室で縛り付けて置くべきですね。断末魔も煩くなるでしょうから、ある程度の情報を確認してから解体前には必ず喉を切っておく必要がありますね。喉を切り裂くのはナイフ一本で事足りますっけ?」

「俺に聞くな。……ああ、そこの使用人さん。サリュストル先生は何処に居るか聞いても良いか?」


 クフェアは肩に気絶した青年を担いだまま屋敷の中に居た使用人に話しかける。

 使用人は、青年の存在に首を傾げながらもそれらについては一切質問することなくクフェアの質問だけを答えて会釈をして急いでいたのかパタパタと小走りで食堂のある方向へ向かって移動していた。


「これについて言われなかったのは意外だな」

「下手に干渉しないように、と言っているのかもしれませんね。事実、首を突っ込みすぎるとかえって面倒ごとに巻き込まれる可能性が高くなりますからね。今回のために言っているのかは不明ですが、サリュストル先生ならば普段から言っているのかもしれませんね。だとすれば、ある意味で自分の身は自分で守れという教育なのかも。でも、昔より随分と丸くなったつもりなんですけどねぇ。ちょっと解体をするだけですよ」

「内容がえげつねぇんだよ」

「ああ、言い忘れていましたが勿論クフェアさんは助手ですよ。プランとしては、まずは新鮮な脳を取り出して記憶を記録媒体へ移し込みます。その道具は鞄の中にあるので、後で回収して解体室に設置しなくては。何にせよ、まずは解体室を借りるためにサリュストル先生が居るらしい執務室へ向かいましょうか」


 その無邪気は何処までも狂気を孕んでいる。

 そのことに本人が一番気づいていない。だからこそ、何も知らない人が見れば聞けば彼女のことを残酷で無垢な子供であると思ってしまうこともあるだろう。何も知らないからこそ、何処までも残虐なことを行う子供のようだ、と。だが、実際は違う。彼女は何も知らない無垢な人物ではない。全てを知っており、それなりの知識もある。だからこそ、どのような場所でどのように演技を行い、どのような演出を披露するべきなのかを理解しているだけなのだ。

 世界というものは、彼女にとって一つの劇場でしかない。


「失礼します。サリュストル先生、突然ですが解体室をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「カルミア殿に、クフェア殿。夕食であれば……はい?」

「ですから、解体室を。この囚人を解体して調べる必要がありますので。ああ、安心をしてください。断末魔だなんてものを屋敷内で響かせるつもりは毛頭ありません。メスとか手術道具とか、解体出来る道具があれば借りたいのですが、なければナイフでやります」

「いや、そうではなくて……。解体室をお貸しするのは問題ありませんが、説明をしていただけますか?」


 数回のノックの後に執務室に入って来た二人を見て、すっと表情を引き締めて少し硬い声色でカルミアに告げる。

 サリュストルの視線は、クフェアの方に居る気絶している白髪の青年へと向けられていた。カルミアは、説明が心底面倒なのか表情を嫌そうに歪めては肩をすくめてため息をつきながらも口を開く。彼女とて、サリュストルの性格を全く理解していないわけではないのだ。それに、依頼されていると言えども今はお世話になっている身でもある。

 しっかりと何かを借りたいのであれば、それ相当に説明をするべきであると判断したのだろう。


「まだ、確定的なことは言えませんけど。……赤い水と王妃の関係はない、とも言い切れませんので調査のためにチェイルジュリに行ったんですよね。で、ホムンクルスの大群に襲われてしまって。軽くいなしておいたんですが、その中でもクフェアさんが担いでいる男が原因のようでして」


 原因、ではあるが正確には違う可能性も残されている。ただ、今の状態では何もいうことはできないので「原因」と称しているだけに過ぎないのだが。カルミアは、少しだけ肩をすくめては杖を持ち直して男の顔をぐい、と動かす。しかしそれでも起きる素振り一つみせることはない。

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