第12話

「ま、どうせアンタらの魔力生成能力であれば明日には元通りになってるだろ。それまでは、地べたに這いつくばるか。意識はちゃんと残しているから他の誰かに助けを求めることだな」


 カルミアの凶悪さの陰に隠れがちではあるが、クフェアも大概な性格をしているのだ。そもそも、彼はさまざまな事情があり現在はカルミアのもとにいる。行ってきたことは公にされることはないが、それでも実質追放のような形で収まっているのだ。

 地面に這いつくばることしかできない看守たちは、恨めしそうにクフェアを眺めることしかできず舌打ちをしていた。

 そんな彼らを気にすることなく、クフェアは堂々と青年を担ぎ直してカルミアがいるであろう開けた場所まで足を進めて行ったのだった。

 彼が元いた場所に戻ってくると、ホムンクルス以外にも人間の看守も襲ってきたのか多くの形が残っている看守が倒れていることに気づく。これらを一人で片付けたとされる当人であるカルミアは数人の看守の上に足を組んで優雅に座っていた。いつもは、襲ってきた場合は問答無用で皆殺しにする彼女であるがクフェアの言いつけ通り人間に関しては殺しをすることはなかったらしい。


「その看守の山は……」

「気絶しているだけですよ。魔力を死なない程度に頂いたところ、このようになりました。本当は来た奴ら全員一人ずつ順番に殺していこうかなって思ったんですけど気が変わって。今日は、なんだかそういう気分じゃなくて。もしかすると、ホムンクルスでお腹いっぱいになったのかもしれないですね」


 どこからどこまでの言葉は、真実なのか残念ながら真偽を見通すことができるとされている妖精の瞳を所持していないクフェアからしてみればわからない。

 ただ、彼女はひどく気まぐれでもあるので言っていることは本当なのかもしれない。一つ言えることは、その気まぐれのおかげで看守は生きていられる、ということだけだ。


「で、その担がれているのがホムンクルスを操っていた術師ですか?」

「ああ。てっきり、上級術師とかかと思ったんだが違ったみてぇだ。ホムンクルスにだけ特化した、と言っても過言じゃないだろうな。いっても中級止まりだろ」

「専門ってやつですね。それもいいかもしれないですが、今の時代専門だけでは生きていけませんよ。私のように、オールジャンルに精通していなければ。錬金術師でありながらも、報酬さえ頂ければなんでも熟す。時代に置いてけぼりにされないためにも、さまざまな魔術を習った方が身のためですし将来のためになるんですよね、これが」


 よっと、声を出してカルミアは看守の山から降りてくる。

 カルミアの場合は、全てのジャンルに特化しているが彼女は報酬のためにどのような依頼でも受けることが出来るようにという前提が存在しているので、勤勉というよりも単純に節操がないと表現をしたほうが適切である。しかし、錬金術を専門としているだけ彼女の錬金術の腕は誰も届くことがないほど高いところに居るのも事実である。


「ですが、彼。面白い魔術の形態を持っていますね。……本当に、ホムンクルスに特化されてる。というか、彼自身もホムンクルスに近い身体の作りをしていますね。ホムンクルスなのではないか、と疑ってしまうほど。屋敷に居る、ヴェローナやオフェリアに近いものを感じますね」


 彼女の瞳は、あくまでも真偽が分かる程度のようなものだ。

 全てを見通すことが出来る者ではないのだ。全ては理解できるのは、彼女が持つ瞳ではなく希少な千里眼という瞳にしかわからない。それでも、真偽が分かる妖精の瞳が貴重であることには変わりない。

 じぃ、と数秒間カルミアは青年を見つめては何かを思ったのか手を叩いてニコリと笑って話し出す。


「ま、持ち帰って解体すればわかる話ですね」

「俺の仕事はコイツを連れてくることだったからな。コイツをバラすのも好きにすればいい」

「体を開けば人間なのか、ホムンクルスなのか。はたまた、その両方を持っているのか分かりますからね。使いようによっては、贓物はいい感じに使えるかもしれません。ホムンクルスの贓物は魔術道具や錬金術でも使う素材ですからね。一番、胎児なんですけどね」

「どうせ、監獄に居るってことはいずれは死ぬだろうしな。……それにしても、あの処刑人先生は、いや驚くことはねぇか」

「あ……。忘れていましたけど、まぁ大丈夫でしょう。でも、ここで解体をするには時間を要しますからね。というか、あれ? 私たちってなんでチェイルジュリに来たんでしたっけ?」


 あまりにも楽しく憂さ晴らしの如くに暴れまわっていたこともあり、すっかりと当初の目的を忘れてしまっているカルミアは首をかしげて不思議そうにクフェアにこの場所に来た理由を聞いている。そんな彼女に対して、頭を抱えたくなる衝動を必死で押さえつけては眉を動かすだけで留めるクフェア。

 ずっと持っているのはきついと感じたのか、クフェアは地面に担いでいた青年を転がす。


「マリア王妃の行方調べ」

「あ、そうそう。そうでした。このチェイルジュリの前に居た監獄があれば教えて欲しいということでしたね。いやぁ、久々に身体を動かすと楽しすぎてはっちゃけ過ぎてしまいました。でも、クフェアさん」

「何だ」

「とってもいい人材を持ってきてくれてありがたい限りです。さっき、真面目に見てたらおや? 少しのほころびがあるなと思って見たところ見た目は立派に青年ですがそれなりに歳を喰っているようですよ。私もそんなこと言えないんですけどね、若返りの霊薬とか使っているんですかね。そういうの、王族ご用達のようなものなので結構な御身分だったと思うんですよね」


 気絶している青年に近付いてしゃがみこんでは彼の頬をツンツンとつつく。そして、にっこりと至極楽しそうに笑みを深めては立ち上がりクフェアに話しかける。


「まぁ、聞けばわかることですけど王族関係者であることは間違いないでしょう。脳を取り出して記憶を確認すればすべてがわかることでしょう。まぁ、この脳がちゃんと記憶されていればなんですけどね。屋敷に戻ったら、まずはサリュストル先生に説明をして解剖室を借りることにしましょう」


 パン、と控えめて手を叩いてはにっこりと笑みを絶やすことなく告げているが話していることは笑顔で話すような内容でもなければ表情と行動とは反して可愛げのないことを言っている。クフェアは欠伸をしてから、小さく頷く地面に転がした気絶した青年を再び担ぎなおしてカルミアに続いて足を進めていく。彼女は何も言わずして、率先と荷物を持ってくれるクフェアに対して目を丸くするも彼は元々王族としての教育を受けているのだから当たり前か、と自己完結させる。

 監獄の中であるというのにも関わらず、囚人の声一つしない。看守の気配さえもなく、静かな者だった。

 これ幸いと言った具合で、何でもない表情で二人は入口まで戻ってきて外に居る何も知らない見張りに会釈をしてはチェイルジュリから足早に立ち去っていく。現在、クフェアは囚人の男を担いでいることもあり直ぐに声を掛けられる可能性があったためカルミアは軽く認識阻害の魔術を反故越している。


「……あの、お二人とも」


 数歩歩いたところで、見張りの若々しい男はカルミアに向かって声をかける。

 その表情は、まるで出てこられたことが分からないという表情に近い。何も詳しいことは知らされていなくとも、何も変わらずに出てこれるということはそうそうあり得ない話なのだろう。


「ああ、そうだ。看守の方に伝言をお願いします。カルミア・ル・フェを捕まえたいならば、もっと戦力を揃えてくるようにと。ホムンクルス程度では止まることはありませんよ。今回は見逃しますが、次はない」

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