第29話
「あなた、中々にやりますね? ……と、言いたいところなんですが。私のローブに穴をあけたやつは何処へ行った。素直に言えば、見逃してやらんこともない」
冷静に、冷静に。
この場所だけ、かの有名な氷に覆われた溶けぬ氷の国と言われているツヴェートに居るのではないかと勘違いしてしまいそうになるほど。少年は、ガタガタを震えてはためらうこともなく修道院の方向を指さした。カルミアの瞳には、嘘は通用しない。
嘘ではないことを確認してから、ふぅと吐息を漏らして血に染まっていない手を少年へと伸ばす。殺されると思ったのか、もう何度目か分からないほどに肩を震わす少年。
「生きることに貪欲で結構、嫌いじゃあない。……だが、軍人として仲間を売るのはいかがなものと思いますけどね。こんな帽子捨ててしまって、普通に生きることをお勧めしますよ。では、少年。もう会うことはないでしょうが、私に見逃されたことを幸運と思い噛みしめて生きていきなさい」
少年から軍帽を奪い取っては、自身の頭に乗せて杖を持ち直して指を差された場所へと向かって急いで足を進めていく。元より、最終目的地であったために新たに問題が発生したわけではないのが幸いだろう。
結果的には彼女の服に穴をあけた程度だったが、カルミアを撃ったということは明確な敵意が存在しているということなのだ。その存在が、クフェアのいる修道院へと向かっている。決して、彼自身が弱いというわけではないことを理解しているカルミアであるが、それでも気に食わないことが一度でもあると満足するまで叩き、ひねりつぶさなければ気が済まない厄介な性格なのだ。
そして彼女は、何よりも。自身の懐に入れているものに危害を加えられることを酷く嫌うのだ。
「鬼さんこちらァ、手のなるほうへェ」
小走りに、そして何処か余裕を持たせるようなその足取りで修道院へと遅れてたどり着くカルミア。
魔力を辿らせて、複数人の殺気の混じったものとクフェアの魔力を感知する。明らかに囲まれているような状態なのが、気配でも分かったのだろう。カルミアは、銃を取り出して片手に持ち気配を辿りクフェアの元へと急いで向かう。
剣を振りかざそうとしている軍人の姿が見えたその刹那。
カルミアは容赦なく引き金に指をかけて銃弾を撃ち込んだ。
「クフェアさん、無事ですか?」
「この通りな」
「なら良かったです。あと、事後報告ですが三人殺しました」
「言いたいことは色々とあるが、まずはこちらを蹴散らしてから、だろ?」
「ええ。……明確な敵意を感じていますので、私的には皆殺しをお勧めしておきます。ちなみに私をストーカーしていた連中は、皇帝から直々に捕まえろと言われていたと言っていましたよ」
立ちふさがっていた軍人の急所を的確に蹴り飛ばしては、クフェアの隣まで戻る。
血まみれの少女に、気だるげな男。
どちらかというと、男の方が好戦的に見えるにも関わらず実情は逆である。カルミアは、そっと自身の顔に着いていた返り血を手で拭っては手に着いた血液に舌を這わす。血、というものには多くの魔力が含まれているものなのだ。
「クフェアさん、やはり武器を持ってくるべきでしたね」
「言ったろ。俺には魔力があるんでね。こんな軍人ども、捕縛するにゃ魔力だけで充分だ」
「言いますねぇ。……では、私は尽きることのない弾丸を持つこの子でお相手するとしましょうかね」
彼女の手に握られているのは、金色の見た目に蔦の装飾がされている芸術品のようなリバルバー。小柄な少女が持つと考えるには、あまりにも重厚は大きく、その分反動も大きくなるだろうと考えられるほどだ。だが、彼女が使用する銃に鉛の実弾というものは存在していない。
何故ならば、銃弾は全て魔術で編み上げて補っている。加えて、彼女の魔力は膨大のために尽きることを知らない。つまるところ、彼女が使用する拳銃は無限に魔力で作られた銃弾が出てくるので弾切れということを知らないのだ。
勿論、そのような事情を軍人たちが知る由もない。
「皇帝様からの命令を無視するならば、力づくでも連れて行くまで」
「こちらの軍人を殺しておいて、無事で済むと思うなよ」
軍人がそっと剣を、槍を構えて二人へと向ける。
彼らの声が合図となったのか、一斉に武器を向けてはやってくる複数名の軍人。人数にしてみれば、大体十五人近くは居ることだろう。対するこちらはたったの二人である。誰がどう見ても、劣勢だ。
「クフェアさん。ここは私が処理しますよ。というか、このエリアに居る軍人の処分は私がします。お礼をしなければ、気が済みませんからね。なので、引き続きクフェアさんは調査を続行してください。ああ、大丈夫です。援軍が来ても、私が美味しくペロリといただきますので」
「……はぁ。お嬢さんだけは、本当に怒らせたくねぇな。いう必要はないと思うが、気を付けろよ、カルミア」
「言われなくとも。私を誰だと思っているんですか。あの有名な、カルミア・ル・フェですよ?」
クフェアに笑いかけてカルミアは、ブツブツと何かを呟いてから杖をコツリと地面にぶつける。
同時に彼女と、この場に居た軍人全員が姿を消した。彼女が使用したのは、大がかりでそれでいて簡易的な転移魔術。否、実際には転移しているわけではないので少しだけ異なっている。
彼らは彼女の使用する、小さな箱庭にゲストとして招待されたのだ。
そして、彼女がばらまいた招待状のおかげでクフェアが居る場所へ援軍が来ようとも一定の距離を縮めた瞬間に彼女の箱庭へと強制送還される仕組みになっている。
「ここは、何処だ……?」
「まさか、空間転移か!?」
ざわざわ、と騒がしくなる箱庭。
この空間において、カルミアは絶対的な主である。この箱庭に呼ばれたゲストは、彼女に命を握られていると言っても過言ではないほどだ。彼女の一握りでこの十五人の命は見事な薔薇の赤をまき散らしながら絶命させるのだ。
「さて。……じっくりと、お礼参りといきますかね」
そこに居るのは、少女の皮を被った怪物だ。
カルミアにより、軍人全員が居なくなった修道院では軽く修羅場になりかけたとうのにも関わらず容器に欠伸をしながら首を鳴らして修道院の中へと入って探索をし始めるクフェアがあった。
「もはや、護衛っつぅよりも……荷物持ちだな。まぁ、良いが」
文句を言いながらも、足を奥へと進めていく。
この修道院は、最初こそは聖堂騎士団が使用して修道院として機能をしていた。しかし、革命後には監獄として使われていた場所だ。様々な理由が存在しているが、第一に挙げられるのは使用していた刑務所などが満員になってしまったということがある。そして、この修道院は出入口が狭く警備がたやすい。修道院というよりも、灯と言っても差支えはないだろう。
「確かにこれだと、要人の収監場所としてはちょうどいいんだろうな。見る限りだと、脱獄も難しそうだ」
すっかりと寂れてしまったその塔には、クフェアの声と足音だけが嫌に響いている。
周囲を見渡すも、何度か改修が行われていたのか窓はふさがれている。しかし、少し手を加えれば窓の外の景色くらいは見えるものではないかというほどのものも一部存在している。クフェアは興味本位で、窓を塞いでいるものを動かして外を確認する。
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