第12章 彼との出会い その④

 私は黙る。そう、実年齢は22歳。でも私の時間は18歳のままなんだ。それに誕生日は完全にタブーになっていた。


 もめている私たちに、バーの店員が話しかけてくる。


「お客様。よろしければ店内でお話しされてはいかがでしょう?」


 りくさんはしぶしぶカウンターに座り、テキーラのショットを頼む。何を飲みたいか聞かれた私は、スクリュードライバーと答える。


「どういうこと? なんで18なんて言ったんだよ?」

 

「18くらいのほうが男の人は嬉しいでしょ?」


 私はつい悪態をついてしまう。松中先生が〝待っていた〟といった高校卒業の日、それを思い出し……悔しくてたまらなかった。


 私は覚悟を決めた。ちゃんと説明しよう。

私はそれまでずっとつけていたリストバンドを外した。彼の目が私の手首に釘付けになる。


「これは古傷。もう切ってません。切ったこと、後悔はしてないんですけど、信頼できる人にしか知られたくなくて」

 

 私はリストバンドをつけ直す。

 

「山田さんに会ってからリスカはやめたんです」

 

 私が「元パートナー」の名前を出すと、りくさんはますます不機嫌になった。テキーラを飲み干した彼は私とは目を逸らしている。そして私は本題に入る。 

 

「私、18の時、高校の先生から襲われたんです」


 りくさんが凍りつくのがわかるが無理もない。この社会で日々性犯罪が起きていることは皆知っているが、目の前で明るく振る舞う女性が被害者だなんて、誰にも想像できないだろうから。


 私は事の全容を説明しようと試みる。


「卒業式の2次会で、すこし豪華なカラオケ店にいったんです。南国にいるみたいで、皆リラックスしていました。カラオケ大会が始まってしばらくしたら、担任の先生から、ずっと好きだったと耳元で言われたんです」

 

 少し動悸がするが、りくさんも苦しそうだ。

 

「動揺していると、何か具合悪そうだねと肩を抱かれながら部屋を連れ出され、トイレに」


 私はさらに、今に至る事情を説明しようと試みる。


 だが、急に立ち上がったりくさんが膝から崩れ落ちる。両手を床におき、息苦しそうに悶えている。私はハッと気づく。彼は何かを追体験している、私の話がトリガーとなって。


「りくさん、ここは安全な場所ですよ」


 私が彼の肩に手を置くと、彼は子どものように泣き叫んだ。


「触らないでくれ!」


 誰かに無理やり触られたトラウマがあるのだろうか。


「家に帰りたい!」


 私は泣き叫ぶりくさんを支えながら外に出て、流しのタクシーを拾う。


「私に性的同意の大切さを教えてくれたのが、山田さんです」


 私はなんとかりくさんと気持ちを共有したかったが、彼の目は泳いでいた。ここでこれ以上説明しても無理だろう。


 彼は南さんという男性のマンションに住み着いていたが、そこには帰りたくないという。私はりくさんを中野の家まで連れて行く。


 タクシーの中で父にメッセージを送り、彼氏の体調が悪いと伝えた。


〈わかった。彼にはリビングのソファで寝てもらおう。ブランケットを用意しておくよ〉



 翌朝4時に目が覚めると、ソファに彼の姿はなかった。メッセージアプリには未読通知がひとつ。私はそのメッセージを開く。


〈嘘をつく人は信用できない。あれほど信頼関係だのなんだの言っといてなんなんだよ。もう会わないから。ブロックします〉



 でも私は絶望しない。私たちならまた巡り会える。



 私は今「生きたい」と思っている。そう確信した。

 


 久しぶりに音楽を聴きたくなり、音楽配信サービスに登録する。そしてDestiny's ChildのSurvivorを購入した。



「父さんは一言も話してないのになあ」


 父は残念がるが、りくさんもボロボロの自分を見られたくはなかったろう。

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