第9章 山田さん その①
ルカさんが帰宅し、時計を見ると深夜3時過ぎだった。寝てていいよと彼は身振りで示し、私はまたベッドに潜る。お腹が空いて目が覚めると昼になっており、彼の姿はなかった。
私は〈安息所〉をのぞく。
〈ODで死ぬ人はそうそういないよな〉
〈スマホぽちぽちできるくらいだったから、マリは大丈夫じゃないか?〉
みな楽観的なようだ。
〈昔は薬局で買いたい放題だったな〉
〈また規制入るだろうね〉
〈世間が騒ぐから警察がしぶしぶ動く〉
〈それな!〉
すると、普段チャットに参加したことのない、匿名さんが書き込む。
〈私は個人輸入してるよ。このサイトおすすめ〉
〈外部サイトへの誘導禁止ですよ〉
管理人のタツヤが入ってくる。そして匿名さんの投稿を削除し、出禁にする。だがまた別の匿名さんが書き込む。
〈私はSNSで買ってるよ〉
〈あれって本当に買えるの? お金振り込んだけど何も来なかったって話聞いたよ〉
〈ストーップ!〉
再びタツヤが出てくる。
〈うさんくさい話に手を出したらダメだよ。騙されても、不法行為だから訴えることができない。もうこの話はおしまい!〉
**
ルカさんは職場で仮眠をするといって帰ってこない日もあった。そしてそれが2日、3日と続くことも。3日ぶりの昼ころ、彼が話しかけてきた。
「心愛、クリニックどうするの? そろそろ薬なくなるんじゃない?」
家を出てから2週間近くたつのかと私は驚く。通院をしぶると、ルカさんは知り合いが開いているというクリニックを紹介してくれた。それは狭いビルの一室にある。
年配の男性医師は私に何の薬が欲しいか尋ね、私は聞いたことのある薬の名前をいくつかあげた。すると医師はその場で私に薬を渡した。突然大量の薬を手にした私はワクワクする。
これでOD仲間になれると考え、いつものように〈安息所〉に入ろうとするが、部屋が見つからない。
どういうこと……?
私はすぐにルカさんにメッセージを送る。
〈安息所にアクセスできない、エラー表示になります。ルカさんは入れますか?〉
既読がついて3時間ほどたったころ、返事がくる。
〈マリが亡くなった。だから警察に部屋を消されたんだろう〉
毎晩〈安息所〉にいたマリが消えたという事実と、私たちの居場所を奪われたという絶望感。
〈有名な部屋を消せば消すほど、子どもたちはアングラサイトに行くようになるのになぁ〉
ルカさんのメッセージには返信せず、私はドラストに向かい、カミソリを買う。そのままトイレで何回も左手首を切った。
マリと私たちの居場所を失った苦しみ、これは私たちが受けた傷なんだ。
そのままマンションに帰ると、ルカさんが出勤の準備をしていた。
「あっ……!」
私の血に気づいた彼が小さな声をあげる。
「もう切ってないと思ってた。包帯とか用意してないわ」
私はうつむく。ルカさんが気づかなかっただけで、私は時々切っていたよ。
「ごめん! 今日はコンビニで絆創膏買ってきてくれないかな?」
絆創膏でおさまる傷じゃないよ。
私の手首を見た彼は、慌ててタオルを持ってきた。
「これで止血して。すぐに止まるよ」
さっきまで感じていた血のぬくもりは消えていた。
「大丈夫だって! リスカで死ぬ人なんていないから」
ルカさんはそう言うと、スーツをひっかけて玄関から出て行った。
死にたくて切ったわけじゃないけど、死にたくなってきたよ。
私はもらってきた薬をあつめ、数を数える。これを飲めば気が休まるかもしれない。
悲しくて悲しくて。
少しずつ飲んでいくうちに、薬の殻が溜まっていく。
何もかも、どうでもよくなってしまった。消えてしまいたい。
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