第9章 山田さん その②

 家でゴロゴロしてる私に、父が運転免許証をとってはどうかと提案してきた。身分証になるからと。高校を卒業し、学生証もない私は父の提案をありがたく受け入れる。


 また、休みの日に父は私に料理を教えてくれるようになった。すぐにレパートリーも増え、香乃が苦手だと言っていたハンバーグやチャーハンも作れるようになる。


「実は林原さんから連絡があったんだ。林原さんはお菓子作りが趣味なんだってね」


 突然香乃の名前が出て来たことに私は驚く。まだ連絡を取っていたのか。


「何か曲送ってきた?」


 私は恐る恐る尋ねる。


「曲? 特にないな。ただ、この絵が添えられてたよ」


 父に見せられた花火の画像を見て私はピンときた。


 Katy PerryのFireworksだ。香乃は前に進んだのだろう。だが私の時間は止まったままだ。



 惨めな気持ちで私はまたSNSを徘徊する。またルカさんみたいに、優しくしてくれる人と出会いたい。その優しさにどんな意味があろうとも。



**



「まさかリアで会うことになるとは思わなかったな」


 新宿にある銀行前で待ち合わせると、山田さんはTシャツにジーンズというラフな格好で現れた。メガネをかけて知的な雰囲気を漂わせている。


「会うためにアプリやってたんじゃないんですか?」


 私が笑うと山田さんは頭をかく。


「いやー、暇つぶし。サクラ探すの面白いのよ」


 爽やかに言う山田さんに私は驚く。


「サクラなんているんですか?」


「いるいる。サムネがやたらキレイで、胸元がはだけたブラウスを着てると100パー、サクラ」


「なんでわかるんです?」


「男は単純だからね、そういう女に騙されやすいの。業者も男だからよーくわかってる」


 山田さんはサクラ研究家か。


「心愛ちゃんも暇つぶしっぽかったから、最初は会う気はなかったんだよなあ」


 少なくとも山田さんと会うつもりはなかった。だがメッセージのやりとりが楽しくて、ノリで会ってしまったのだ。


「アプリで話した映画のDVD持って来たよ」


 カフェに着くとさっそく切り出して来た山田さんに、私は慌てる。


「あれですか? 私はホラーは見ませんよ!」


「映画としては最高なんだよ。怖いという気持ちより、先が気になる方が強い」


 うっかりテレビでホラー映画を見てしまい、眠れなくなった子どもの頃を思い出す。そんな時父は優しく抱きしめてくれたっけ。


「頼むよ。見たら絶対感動する。保証するよ」


「一人では見たくないです」


「どうしても見て欲しいんだよなあ。なんとかならんかなあ」


 必死な山田さんに私は笑みをこぼす。


「じゃあ一緒に観てくださいよ」


「一緒なら観るの?」


「はい。でもうちは無理ですよ。男性を連れていったら、父が失神しますから」


「じゃっ、ラブホ行こ」


「さすがにそれは……」


 私は困惑するが、山田さんはあっけらかんとして言った。


「何もしないから。僕、何もしないといったら本当に何もしない。何かするときは先に言うから」

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