第9章 山田さん その③
普通なら警戒するところだろうが、山田さんの軽やかさに負けた。おそらく彼は、私を性的な目では見ていないのだろう。
私たちは歌舞伎町のラブホ街に向かう。持ち込みDVDが観れるかと、受付で熱心に確認する山田さんがかわいらしかった。
部屋に入ると山田さんは嬉々としてセッティングを始める。
「あ、一応枕」
急に枕を手渡されて困惑する。
「もし怖いと思ったら、これで顔隠してね」
私は笑いながら枕を受け取った。
「ちょっと! ゲームオーバーってなんですか?」
映画が終わり、私が叫ぶ。グロいシーンはあったものの、話の展開に引き込まれ、結局枕は使わないまま映画が終わってしまった。
「謎解きできた?」
「いえ全然! 結局誰が死んだんですか?」
山田さんはDVDを取り出すとケースに入れ、混乱する私に渡してきた。
「何回も見てよ。その度に新しい発見があるから」
「いえ……考察系のブログ読みますから結構です」
「つまんないなあ」
がっかりする山田さんを慰める。
「何度も観なくてすむ分、他の映画何本も観れますよ」
「じゃあシリーズ全部あげる」
「またラブホで観るんですか?」
「もう1人で観れるでしょ? こんな感じでストーリー展開してくから」
こんな感じのストーリーを何度も観るなんて、想像しただけでお腹いっぱいだ。私が困惑していると、山田さんは話題を変えた。
「心愛ちゃんはよく映画館行くって言ってたよね」
アプリ内では適当に話を書いてしまったが、実際は動画ストリーミングサービスで観ていた。香乃が好きだと言っていたジョディ・フォスターが出てくる映画に魅かれてしまう。
「一緒に映画館行こう。ミニシアターとか面白いよ。家では観れないようなマイナーな作品を観れるんだ」
**
台所で2人並んで餃子の皮を包んでいると父が聞いてきた。
「最近よく外出してるね。友達ができたのか?」
私は素直に頷く。
「あのネックレス野郎はどうなった?」
「あの人とはもう会わないよ」
ルカさんからはあの後一回だけ連絡がきた。彼はときどき同僚の部屋で仮眠すると言っていたが、それは女性の部屋だった。その女性が私とのメッセージを見つけ、私に通話してきたのだ。そしてそのまま女性はルカさんに電話を代わり、「お前とはもう会わない」とルカさんに言わせた。
ルカさんはホストだった。自殺系で弱った女性に声をかけて、色恋営業をしていたのだ。グルーミングの一種である。私のことも客にして、いずれは風俗で働かせるつもりだったのだろう。
そしてマリも……。マリは二股だ、浮気だなどと言っていたが、ルカさんに「本命」はいないだろう。マリが亡くなり、私にも嫌気が差した今は、また別の女性を物色しているに違いない。
男性は勝手だ。女性を自分の言いなりにするために優しくする。ルカさんのような男性には、優しくしてほしい女性を嗅ぎ分ける能力がある。
それでも、そんな経験を経ても、私は誰かの優しさを求めていた。
「今のお友達は……いい人か?」
「面白いよ。ちょっと変わってる。女に興味なさそう」
「女に興味ないって、男性なのか? でもゲイなのかな?」
「そういう感じでもないなあ。ひょうひょうとしていて掴めない」
山田さんと私の関係は、恋愛でもなく、性的関係でもなかった。親密であり、信頼関係がある。山田さんとの関係は、これまでのどの男性とも違っていた。
私たちは会う時はまず映画館に行き、その後は居酒屋で映画の感想を語り合う。
カラオケに行くときもある。レパートリーの広い山田さんは、洋楽も邦楽も、アニメも演歌も、何でも歌えた。私が歌うと合いの手を入れてくれる。
**
山田さんとの平和な日々が1年近く続く中で、私の症状は安定していき、通院も月に1回になっていた。
そんなある日、私は思い切って聞いてみる。
「山田さんて、奥さんとか彼女さんとかいないんですか?」
「僕? バツイチだよ。妻と別れてからは誰とも付き合ってないね」
「一途なんですね」
山田さんは黙り込むが、またいつものように軽やかに口を開いた。
「僕、ドSなのよ」
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