第10章 性的同意 その①

「ドSってSMですか?」


「そそ」


 すました顔でいう山田さんを見て私は吹く。


「まさかあ。そんな風に見えませんよ」


「そんな風って、どんな風?」


「暴力的な感じです」


 山田さんは腕を組み、早口に言葉を並び立てる。


「僕ね、会社では下ネタも言わないつまらないヤツだといわれてる。だって言えないじゃん、ドSと言ったらそういうヤバいヤツって思われるんだから」


 どうしても山田さんとSMは結びつかない。こんな優しくて面白い人がSMをするなんて。


 数秒間の気まずい沈黙が流れたのち、私が口を開く。


「SMって楽しいですか?」


 我ながら変な質問をしてしまったと思うが、山田さんは目を輝かせた。


「うん、楽しいよ! ワクワクする」


 急に表情を明るくする山田さんに、話を合わせるため、私は質問を続ける。


「私にはSMの素質ありますか?」


「うーん、難しいなあ。心愛ちゃんはMだけどね、少し変わったMだなあ」


 緊張がとけ、私は吹き出す。


「どんなMなんですか?」


 山田さんは真剣に悩んでいる。


「一回試してみる?」


 冗談かと思ったが、真面目なようだ。まるで映画の謎解きをしているような表情である。


「試すっていっても服着てだよ。さすがに怖いでしょ」


 未知の世界を覗いてみたくて、私は快諾する。




 1週間後に会ったとき、山田さんはやたら大きなバッグを持って来た。いろいろな道具が入っているのだろう。


 私たちはラブホに入り、山田さんは私をソファに座らせた。下着姿くらいならなってもいいと考えていたが、そんな必要ないと笑われてしまったため、いつもと同じ黒のワンピース姿である。


「とりあえず縛ってみるね」


 山田さんは赤い紐を取り出すと、ヒュッヒュッと器用に私を縛っていく。締め付けられる感覚はなく、不思議な安心感に包まれる。


「これは何縛りですか?」


「うーん、感覚で縛ってるから特に名前はないよ」


「じゃあ亀甲縛りはできますか?」


 山田さんはプッと吹いた。


「それしか知らないでしょ。まあいいよ、教えてあげる。心愛ちゃんも緊縛できるようになろう」


 思わぬ展開に私は驚く。山田さんはするすると紐をほどくと、それを私に渡してきた。


「大丈夫。覚えるのに10分もかからない。ほら、枕」


 山田さんは私に枕を渡す、自分も枕ともう一本、黒い紐を取り出すと緊縛講座を始めた。


「そこで交差して。右が上になるようにして。〝拘束〟するんじゃないよ、キレイにしよう」


 側からみたら奇妙な光景だろう。ラブホで男女が真剣に、枕を縛っているのだから。


 ほどなくして枕には、真ん中に縦に六角形の模様が浮かび上がる。


「できましたけど、枕と人間は違いますよね?」


 自分で亀甲縛りをした枕を抱きながら聞くと、山田さんは喜んだ。


「そう、そうなんだよ! 人間を縛るのには必要なものがあるの」


「愛情ですか?」


 私が真面目に聞くと山田さんがずっこける。


「まあ確かに。それは、あった方がいいかもね。ただ、技術は絶対必要なんだよ」


 私は話の続きを待つ。


「人間には神経が通ってるから、圧迫しちゃうと大変なことになるの。神経に触れないように縛れるのが玄人よ」


 山田さんは映画について語るのと同じくらい熱く語る。

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