第10章 性的同意 その②

「神経に触れたらその時点で痛いんだけど、その痛みがしばらく続く。二の腕は特に危険だね。痛みだけじゃなくて、2週間腕が上がらなくなったりするのよ」


「SMというと女性が痛がってるイメージですよ」


 私は失礼を承知で言ったが、山田さんはうんうん頷きながら答える。


「痛いと叫ぶ自分に酔うMの子もいるよ。やめてって叫ぶ子もいる。だから、本当に痛くてやめて欲しいときのために、あらかじめ合図を決めとくの。ベッドを2回叩くとかね」


 私のSMに対するそれまでのイメージが崩れていく。そんな私の表情に山田さんは気づいたみたいだ。


「やっぱ楽しいなあ! そうだ、せっかくだから鞭で叩こうか?」


「そんな爽やかに言われても」


 私が苦笑していると、山田さんは美しい模様が施された枕2つをいったん片付ける。そしてバッグの中から何やらごそごそと取り出した。


「鞭にも種類があるんだけど……簡単に言うと痛いやつと痛くないやつ」


 私は首をかしげる。


「痛くないやつは雰囲気を味わう感じかな。痛いやつは痛みが好きな子向け。もちろんこれも本当に無理なときはストップの合図ね」


 私にはどちらもわからない。わざわざ痛くない鞭を使うのも、限界まで痛みを我慢するのも。


「それって、叩かれる方は楽しいんですか?」


「もちろん!」


 山田さんはニヤリと笑う。


「ほらほら、背中向けて。お尻叩くから」


 ええい、ままよ。枕を亀甲縛りした仲だ。山田さんが私のお尻を鞭で叩く。


「何も楽しくないですよ?」


 すると山田さんが強めに叩いてきた。


「ぎゃあ! 痛いんですけど!」


「そうそう!」


「そうそうじゃないですよ!」


 私が怒ると山田さんが解説した。


「大声出すとストレス発散になるでしょ? 心愛ちゃんが抱えているストレス解消しようよ」


「えーっ、M嬢ってそんな感じなんですか?」


「いや、これは心愛ちゃん用にアレンジしたの」


 からかわれているのだろうか。


「で? 次はロウソクですか?」


 私が少し怒り気味に聞くと、山田さんは間を空けてから答えた。


「一応持って来てるけど……心愛ちゃんはこの辺りまでだな。お疲れさん!」


 山田さんに渡されたペットボトルの水を飲む。


「SMって嫌がる女性に無理やり……というイメージでした」


 すると山田さんは険しい表情で言った。


「それはレイプだよ。合意なき性行為は全てレイプだ。SMは最初から最後まで、段階ごとに確認しながら進めるの」


 私は視線を落とす。


「さっきも言ったけど、緊縛で神経を痛めることだってあるから、お互いちゃんとコミュニケーションとらないとダメよ」


 そうだったんだ……。私は肩を落としながらうつむき、ぼそっと呟いた。


「もしカレカノだったら? SMじゃなかったら?」


「うーん、合意ありなしの話だったら、どの関係にもあてはまるね。ノーマルだろうが、付き合ってようが結婚してようが、自分本位な行動はダメ!」


 私の左目から一粒の涙が落ちる。


「心愛ちゃん……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る