第3章 チェリー その①

 手巻き寿司も食べ終わり、しばらくリビングでくつろぐ。リビングにはうちでは考えられないような大きなテレビがある。


「もしかして映画とか好きなんですか?」


 私が聞くとお母様が頷く。


「そうそう。映画もドラマも好き。香乃には先進的な考え方に触れて欲しくて、昔から洋画や海外ドラマを見せているの」


「冷蔵庫にクッキー冷やしてあるから、取り出してくるね」


 香乃が席を立つとお母様は続ける。


「私の母は専業主婦でね、父と離婚したがってたけど経済力が無くて我慢してたの」


 離婚という言葉を聞いて私はギクリとする。母は今どう生活しているのだろうか。


「私は自立して働きたいと思うし、娘にもそうなって欲しいの」


 ここで香乃が台所から口を挟む。


「ビバヒルのママは専業主婦じゃん」


「途中から大学院いくわよ」


「あーっ! ネタバレ!」


 ビバヒルというのは、90年代から2000年代にかけて大ヒットしたアメリカのドラマだ。高校生から大学へ、そして社会人になるまでを追っている。


「恋愛ものと言われてるけど、実際は社会派なのよ。子どもたちが直面する難しい問題や、内面の葛藤も描かれている」


「ゲイの子も出てくるね」


 香乃は会話に加わりたくて仕方ないようだ。お母様はその通りと笑う。


「脚本家たちの間でも意見が割れたらしいわね」


「なんでですか?」


 それまで同性愛について深く考えたことのなかった私は驚く。


「アメリカではゲイってだけで銃で撃たれたりするから。ひっそりと暮らしていかなければならなかったのよ」


 日本でそんな話を聞いたことのない私はさらに驚く。


「まあ流れはだいぶ変わったわよ、ビバヒルも続編はゲイだらけだし」


 お母様が笑う。


「またネタバレだー!」


 香乃が嘆いているが、そんな2人のやりとりに私は笑ってしまう。


「娘はね、毎日橘さんの話ししてるのよ」


 話が急に変わり、私は少し動揺する。


「どんな話しを聞いてるんですか?」


「芯が強くて優しい子だって」


 そう思われてたとは知らず、私は赤面してしまう。自分では「どこにでもいる目立たない子」と思っていたからだ。


 そして、私のほうはただ香乃といることが楽しく、特に香乃がどういう人か、考えたことはなかった。


「私の世代がハマった海外ドラマはビバヒルなんだけど、娘の世代だとgleeね」


 そんな話をしていると、香乃が戻ってきた。


「一緒にクッキーの型抜きする?」


 

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