第3章 チェリー その②

 洋楽を聴いていたとはいえ、ドラマにも映画に興味がなかった私にはどれも新鮮な話だ。


「gleeの中で、心愛の好きなLady GaGaを歌う回もあるよ」


 香乃によるとそのドラマはミュージカルであり、逸話ごとに曲が挿入されるのだと言う。香乃は説明しながらスクリーンの準備をする。


「ポポポポポポポポのPoker Faceは、主人公と母親が再会するシーンで歌うの」


「再会……?」


「母親は代理母で、2人は引き離されてたんだよ」


 私が目を逸らしたことに気づいた香乃が謝る。


「ごめん、デリカシーなかったね」


 お母様がすかさずフォローする。


「橘さんの家庭にも事情があるんでしょうね。親子が引き離されるのはつらいわよね」


「うちは離婚なので、どう思ってたかはわかりません。父に事情を聞いたこともなくて」


「聞いてみたら? もう子どもじゃないんだし、話してくれるんじゃないかしら」


 私が黙っていると、お母様が続ける。


「橘さんはお母様のことを知りたい?」


「知りたいですよ。でも……」


 母はどう思ってるだろうか。もしかしたら私のことは嫌な過去かもしれない。それに再婚していたら私を疎ましく思うかも。


 しばらく沈黙が続いたあと、お母様が明るく言う。


「ひとつだけはっきり言えることがある。人はいつ死ぬかわからないのよ。明日かもしれないし、下手したら今日かもしれない。死ぬ間際に後悔しても遅いの。だからまずは行動しましょう」


「行動して後悔するかもしれませんよね?」


 私は思わず反論してしまうが、香乃はさきほどから黙ったままだ。


「行動しなかったら後悔する。行動して失敗したら、反省すればいい」


 

 この人はとことんポジティブだなとは思うものの、こう考えるに至ったのには何か理由があるのだろう。香乃はお母様の影響を受けているのだろうか。



「心愛、ほらほら。クッキーの型抜きしよ?」


 それまで気まずそうだった香乃が声をかけてきて、私は台所に移動する。


 私が星型、鳥型と抜いている間、香乃はひたすら大小ハート型のクッキーを作っていた。


「そんなに作ってどうするのよ」


 私が笑うと香乃はただエヘヘとニヤけていた。

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