第11章 無能な警察 その①

 父にどこからどう言おう。いきなりストレートに話すことには抵抗がある。そんなことをしたら父は相当ショックを受けるだろう。


〈お父さん、話があるの〉


 私はまず父のスマホにメッセージを送り、帰宅を待つ。そして頭の中で何度もシミュレーションした。


 父が帰宅し、風呂に入る。私はリビングのソファで待ち、父が座ると話し出した。


「ジョディ・フォスターの『告発の行方』って映画、知ってる?」


 映画サークルで取り上げられたこともある作品名を出す。この映画でジョディ・フォスターはアカデミー賞を受賞した。まずはそこから説明しよう。


 だが映画のタイトルを出しただけで、父の顔がこわばっていくのがわかる。


「加害者は松中先生か?」


「え?」


 先を読まれてるとは知らず、動揺する。


「実は林原さんに聞いたんだよ。何か知ってるなら教えてくれって頼んだから」


 なんて答えたらいいかわからず私は言葉を失う。香乃は何を話したのか。


「卒業式の二次会のあとから急におかしくなったと言っていた」


 余計なこと言わなくていいのに……。


「松中先生と付き合うと言ったとか? 林原さんは、そんなことはありえないと言っていた。父さんもおかしいと思う。何度か学校に電話をしたが、何もトラブルになるようなことはなかったと言われてしまった。林原さんは松中先生に詰め寄ったが、はぐらかされたそうだ」


 私は両膝を掴んで涙を流す。本当はみんな気づいてたんだ……。


「明日警察に行こう。正義は必ずある。松中先生は裁かれねばならない」



 翌朝私と父は最寄りの警察署に行った。父は受付の人に女性の警官に相談したいことがあると話し、私たちは署内の部屋に案内されて待つ。


 10分くらいすると若い女性の刑事が現れる。


「実は娘が性被害にあいまして、その相談に参りました」


 父が切り出すと、刑事は深刻そうな顔をした。


「どうぞこちらへ。詳しく話してください」


 私はなるべく冷静にあの日のことを話した。卒業式の2次会で起きたことを。


「なるほどわかりました。証拠はありますか?」


 私は言葉につまる。


「病院に検査にいきましたか? 当時の制服はとってありますか?」


「病院は思いつきませんでした。服はすぐに捨てました」


 刑事は厳しい顔をする。


「誰か証人はいますか? その場であなたたちを見た人は?」


「……いないと思います」


「証拠がないとどうにもならないじゃない。なんで病院に行かなかったの? なんで服捨てちゃったの? なんですぐ警察にこなかったの? もう3年になるじゃない! そして証拠も証人もいない!」


 急に声を荒げる刑事に、私は泣きながら声をあげる。


「被害に遭ったのは本当です。信じてください!」


「誰もあなたが嘘をついてるとは思ってませんよ。でもね、証拠がないと警察は動けない」


 私が何も話せないでいると刑事は席をたち、私たちを部屋から出るよう促す。


「今日のお話はちゃんと記録しておきますよ。何か困ったことがあったらまた来て下さいね」



「どういうことですか!」


 父が怒鳴る。


「せめて捜査してくださいよ! 時効はまだまだ先でしょう?」


 いつの間にか集まって来た複数の刑事たちが、口々に父をなだめる。


「おつらいでしょうね」


「気持ちはわかりますよ」


「どうにもできないんですよ」



「ふざけるな! 警察は加害者の肩を持つのか?」


 父が再び怒鳴ると、また別の刑事がやってきた。


「そう騒がれますと周りに迷惑だからね、お引き取りください」


「ここで帰らなかったら公務執行妨害か? どうなんだ、何か言ってみろよ!」


 刑事たちはまぁまぁと父をなだめ、私たちは警察署の外においやられた。

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