第7章 閉鎖病棟 その②
医師がカチカチとパソコンのキーを叩く。その姿を横目に見ながら看護師が説明する。
「最初は病棟内しか動けません。医師の許可を得ると、庭に出たり購買に買い物に行くことができます。落ち着いたら、病院を出て近くのコンビニに行くことも可能ですよ」
私が黙って聞いていると、医師がサラッと言った。
「橘さんは、明日からコンビニ行っていいですよ」
この話を伝えるとマリも光輝も驚いていた。
「最初から外出OKなんて聞いたことないよ!」
退院後は地元の病院を紹介すると言われたと話すと、2人は笑う。
「フツー逆だろう!」
「なんかもう、明日朝には退院しちゃいそう!」
勝手がわからない私に2人はいろいろ教えてくれた。
「要するに、子どもの頃の林間学校みたいなところ」
「違うのは持ち込み禁止のものがやたら多いくらいかな。カミソリや紐状のもの、安全ピンや針も禁止」
入院患者が自殺や自傷行為をしないためだと言う。だから私が着ていたワンピースからチェーンが外されてしまったのか。
ベッド下にあった大きめのバッグを広げ、中身を確認する。お気に入りの部屋着が3セット、新品の下着類、歯ブラシや化粧水、タオルに生理用品……。父は前から念入りに準備していたのだろう。
朝6時に起きて夜9時に寝るという院内の規則に驚く。だが夜は強い眠剤を出されるため、すぐ眠りに落ち、あっという間に朝がくる。
入院中の1日はラジオ体操から始まり、朝食へという流れだ。午前、午後ともに自由参加の作業療法の時間があり、手芸やパズル、ストレッチなど複数のプログラムが組まれている。あまり集団に馴染めなさそうだと感じた私は、光輝から借りたラノベを読んで過ごす。
週に一度、土曜日は外部の人間との面会が許されており、皆嬉しそうに家族や恋人、友人との会話を楽しむ。
「橘さん、お父様が面会に来ましたよ」
何も言わずに私を精神科閉鎖病棟に入れた父。会いたくなかったが、マリも光輝も家族と話し込んでいて、話し相手もいない。私はしぶしぶ父と会う。
毎日仲間と食事をとる広間で、父は私を待っていた。
「お友達と仲良く過ごしてると聞いているよ」
私は父を睨みながらテーブルを挟んで前に座る。
「確かに強引だったとは思う。父さんは、心愛が追い詰められていくのが心配だった」
言い訳なんて聞きたくないが、理由は知りたい。
「もう16年くらい前になるか……心愛のお母さんの妹さん、つまり叔母さんだね。彼女もよく手首や腕を切っていた」
私は驚いて父の目を見る。今まで一回も、叔母がいたという話を聞いたことがなかったからだ。
「叔母さんは何度も死にたいと繰り返してたんだよ。でもそのときは『死にたいという人は死なない』と思っていたから、話を受け流していた。そして彼女は亡くなってしまった。『よくあることだ』と思っていたけど違った。だから……心愛を失うことが怖かった。なんとかしなきゃいけないと、病院に頼み込んで、業者を雇ったんだ」
そんな出来事があったとは知らず、私は絶句する。そして何も知らずに父を恨んでしまった自分を恥じた。
「お父さん、私は死なないよ」
「よかった。ありがとう。お医者様の話だと2週間で退院だそうだ。退院後は近所の精神科に通ってほしい。『たかがリスカ』では済まないこともある」
私はうなだれ、素直に父に従うことを決意した。
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