第7章 閉鎖病棟 その③

「戻ってくるなよーー!」


 2週間はあっという間だった。マリと光輝にからかわれながら私は、迎えにきた父に荷物を持ってもらい、退院する。


 退院の日に知ったが、マリは面会のときに母親からスマホを渡してもらい、深夜チャットに参加していたそうだ。


 そんな抜け道を知らないまま2週間スマホに触れなかった私は、車内でようやく父からスマホを渡してもらう。まずは、退院時にマリから教わったメッセージアプリのIDを追加する。マリもやはりチャットルームの他のメンバーと個別にやりとりしてるらしい。


 そして私はルカさんにメッセージを送るが、なかなか既読がつかなかった。それに私が連絡しなかった2週間、ルカさんから何のメッセージも来ていない。


 久々に〈安息所〉に書き込む。


〈入院してました〉


〈マジ?〉

〈おかえりー〉


 マリはまだいない。入院中だろうから、消灯後にくるのだろう。そしてルカさんの姿もない。


〈心愛さん、おかえり。調子良くなったか悪化したか、どっちだろうと思ってたよ〉


 タツヤの言う通りだ。たまに「卒業」する人や、卒業後に戻ってくる人もいる。どのパターンでも誰も責めない。メンバーは皆、人を傷つけることを嫌うからだ。



**



 地元の精神科医は明るい女性で、笑いながら紹介状を読んだ。


「あらまあ、また派手なデビューね。若い子がリスカするのはよくある話だし、薬でおさまりますよ」


 初診では家族構成や学校での出来事などを聞かれ、1時間くらいかかったろうか。今後の治療方針について医師が説明する。


「心のバランスが取れるお薬を2種類、処方しますね。ただ、すぐには効果出ないから、様子を見ながら調整しましょう」


 私は2週間後に予約をとり、薬局で2週間分の薬をもらった。薬剤師からは、1日3回規則的に薬を服用するなどの指導を受ける。


 毎日何度もスマホをチェックし、あの入院騒動から3週間がたち、ようやくルカさんからのメッセージを受け取る。


〈心愛返事遅れてごめんね。トラブってね、誰とも連絡取れなかった〉


〈何かあったんですか?〉


〈職場の同僚が揉め事を起こしたんだけどさ、俺まで警察に連れてかれて取り調べを受けたんだよ〉


〈それは災難でしたね〉


 ルカさんから連絡が来なくて辛かったが、そんな大変なことになっていたとは。私は自分のことばかり考えていたと反省する。


〈今は落ち着いたんですか?〉


〈なんとかね。ただ、しばらくは心愛と会えないかもしれない〉


〈なんでですか? そんなの寂しいです〉


〈俺だって心愛と会いたいよ。でも同僚がクビになったから、その分働かないといけないんだよ〉


〈ルカさんって何の仕事をしてるんですか?〉


 私が意を決して聞くと、びっくりマークつきのスタンプが送られてきた。


〈あれっ? 話したとばかり思っていた。飲み屋だよ。そこで同僚が酔っ払いに絡まれて、止めようとした俺までしょっびかれたの〉



**



 退院から2日ほどたったころ、父が私の部屋にくる。


「これさ……病院で看護師から、持ち込み禁止だからと渡された荷物の中にあったんだけど」


 ルカさんからもらったネックレス……。言葉に詰まった私は咄嗟に嘘をつく。


「女友達からもらったんだよ」


「20万もするネックレスを?」


 そんなにするとは思わず、私は息を呑む。

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