第1章 彼女との出会い その③

「橘さんて彼女いる?」


 そこはフツー「彼氏」じゃない? 私の戸惑いを予期してたかのように香乃が笑う。


 洋楽を聞いていれば海外の恋愛事情も伝わってくる。女性同士の恋愛が珍しくないことも知っているが、あまり身近に感じたことはなかった。


「私は特にそういうことないけど、林原さんは彼女いるの?」


「今はいないよ!」


 香乃が即答する。


「疑似恋愛にも興味ないしね」



 女子校にいると、やたらモテる先輩がいる。ファンクラブがあって、バレンタインにはたくさんのチョコレートをもらっている人もいるようだ。中には「カップル」もいると聞いたことがある。


 だが彼女たちも卒業後は男性と付き合い、男性と結婚していくのだ。女子校で女性同士のカップルが許されるのは、一時的なものと見なされているからだ。


「橘さんって、楽しい人だね」


 そんな風に思ってくれる人がいるなんて思ったことがなかったから、照れてしまう。


「林原さんが話しやすいからだよ」


「香乃でいいよ。私も心愛ここあって呼んでいい?」


 翌日から私たちは、昼休みに2人で屋上で過ごすことにした。


「香乃は昼休みに屋上にいて大丈夫?」


「大丈夫って何が?」


「クラスの子とお弁当食べるかなあと……」


「グループで食べてたから1人抜けても大丈夫っしょ」



**



 1ヶ月くらいお昼を一緒に食べた頃、香乃が目を輝かせながら話しかけてきた。


「今度うちに遊びにおいでよ。私、お菓子作り得意だから、食べて欲しいな」


 私はほとんど料理はしない。父が週末に作り置きをしてくれるし、お弁当も作ってくれるからだ。


 父はよく言うのは「母親がいないからと苦労させたくない」「父子家庭のかわいそうな子と思わせたくない」だ。おそらく、離婚したときに周りからそう言われたのだろう。


「えとね、料理は苦手なの。でもお菓子を作るのは得意。クッキーでもケーキでもなんでも作れるよ」


 うーん……。反応に困っていると香乃が説明する。


「ハンバーグは丸こげになるし、チャーハンはぐちゃぐちゃになるし」


 私は想像して笑ってしまった。 


「今週の土曜日、何か用事ある?」


 私は毎週末あいてるが、少し考えるフリをしてから答える。


「うーん、特に予定ないよ」


「じゃあ決まりね。心愛は都内に住んでるんだよね?」


「うん、昔から中野に住んでるよ。香乃は埼玉だっけ?」


 香乃がプッと笑う。


「ギリ東京だよ。赤羽は東京! 埼玉じゃないよ」


 東京と埼玉、東京と千葉、東京と神奈川の境い目は、都区内に住んでいる者にとっていずれもわかりづらい。香乃が住んでいる赤羽は、東京と埼玉をわかつ荒川より東京側だった。


 


「赤羽駅まで迎えにいくよ。昼ごはんは母が作るから、私はクッキー焼くかな」


 お母さんかあ……。

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