第5章 SNS その①

 それから2週間ほど私は部屋から出られなくなった。


 私が一言も話さなくなって3日後、心配する父親がドアの反対側から声をかけてくる。


「心愛、卒業式の日から様子がおかしいぞ。何かあったのか?」


 私の異変に気づいた日から父は、会社を早退するようになる。


 私が答えないでいると、父がスマホでメッセージを送ってきた。


〈ご飯一口でも食べてくれないか? 部屋の外に置いとくから。心愛の好きなホットケーキを作ったよ。温かいうちにね〉


 食べようとしたけど喉元を通らない。添えられていたミネラルウォーターだけを飲む。


 ……私なんか生きている価値がない。


 私はそれまでROM専だったSNSにひとこと「もう死にたい」と書く。するとすぐにたくさんの人たちからリプライが届いた。


〈何かあったんですか?〉

〈大丈夫ですか?〉

〈早まらないで下さい〉


 おそらく皆、善意で言ってるのだろうが、私はひたすら傷つく。何も知らずに勝手なことばかり……。


 その中でひとつ、気になるリプライがあった。


「よかったらうちらのチャットルームに来ませんか? 生きづらさを抱えた子たちで毎晩ワイワイやってますよ」


 一見矛盾するように感じる文章に興味を感じ、添えられていたURLをタップする。そこにはコミカルな文字で〈自殺志願者の安息所〉と書かれていた。


 恐る恐る覗いてみると、チャットルームは今日あったことや家族への愚痴など、日常的な話題が書かれ、時折りかわいいスタンプが押されていた。


 しばらくROMるつもりだったが、楽しそうなのでつい私も書き込む。


〈はじめまして〉


 するとチャットしていた人々が私に挨拶をした。


〈いらっしゃーい!〉

〈ゆっくりしてってね〉


 参加者たちは私に歓迎の言葉をかけあと、また話を戻す。


〈親がリスカするなってうるさい〉

〈関係ないじゃんね〉

〈理解者ぶるやつうざい〉

〈わかる!〉


 私はおずおずと書き込む。


〈リスカって痛くないんですか?〉


〈最初は痛いかな〉

〈痛いうちにやめといた方がいいかも〉


 先ほどまでリスカの話をしていた人々が急にトーンダウンする。


〈リスカしたことないならしない方がいいと思うよ〉


 戸惑ったものの、チャットルームにいる人たちが私のことを気にかけてくれているのはわかった。


 その日から、チャットが私の居場所になる。話の内容からみると、中高生から30代まで意外と幅広い層が参加しているようだ。


 管理人タツヤは雑談に参加することはないが、たまに来るとみな大喜びしていた。副管理人のマリは深夜帯に必ずいて、お母さん的な役割だ。


 

 兎にも角にも部屋から出てきた私を父は手放しに喜んでいた。


「父さんは心愛が生きているだけで嬉しいよ」


……私、生きているのかな?

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