第4章 消したい記憶 その①
「大学へは行かないということか?」
父は驚くが、失望したという感じではない。
「夢がある話だとは思うけど、海外は治安が悪いんじゃないかな?」
そこは私も心配している。道を一歩間違えたら銃で撃たれるという話も聞く。
だから間違わなければいい、安全な道だけを歩けばいいんだ。
「どこの国に行くの? どれくらいの期間かかるの?」
「うーん。英語が伝わる国から」
具体的な話まで決めていなかった私は苦し紛れに答える。
「だったらまず、語学留学したら? 何の準備もなしにいきなり世界一周は無茶だろう」
父のいうことはもっともだ。香乃は現地に行けばなんとかなると言ってたけど、準備しておいたほうがいいだろう。
スマホを手に取り、香乃にメッセージを送る。
〈旅行前に語学留学はどうかって。父の案だよ〉
〈うーん。旅行程度なら手振り身振りでなんとかなるよ〉
〈それだと父が納得しないの。1ヶ月で学ぶコースもあるからどうかって〉
私は父が勧めてきたマルタ島での語学留学プランを教える。
〈おー! 天国に1番近い島って言われてるところだね。どのみち行くつもりだったし、ちょうどいいか〉
よし。ひとつだけ心配なのは留学費用だ。それとなく金額を提示する。
〈経済的な話は大丈夫。祖父から援助受けてるから〉
なるほど、母親が働かなくても生活していけるのはそういうことか。ではお父様はどうしてるのかとも思うが、他人の家庭には口を出さない方がいいと私は黙る。
翌日私たちは早速、担任の松中先生に話に行った。松中先生は40代の英語の教師である。授業がわかりやすくて面白いと生徒に人気がある一方で、一部のお気に入りをひいきしているという噂もある。
「ずいぶん無計画だな。世界一周旅行したあとはどうするつもりだ?」
松中先生があきれていると香乃がすかさず言う。
「さぁ? 一生旅行してるかもしれないし、半年で飽きるかもしれません」
そうなの? 私も少し心配になってきた。
松中先生がたしなめるように言う。
「林原と橘が仲良いことは知っている。だが、仲が良いだけで将来を決めてはいけない」
「仲良いだけじゃなかったりしてね!」
香乃が思わせぶりに返すが、先生は気にもせず続ける。
「男同士の友情は一生続くが、女同士はそうはいかない。女同士の友情なんてものは、進学や就職、結婚や出産であっという間になくなるぞ」
「くだらない! 話しても無駄ね! 心愛、行こ!」
先生は何か言いたげだったが、香乃が私の腕を取り、その場を去る。
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