第5章 SNS その④

「心愛ちゃん、もう遅いし、タクシーで帰りなよ」


「そんな大袈裟な。うち、近いんです」


 私が慌てるとルカさんは真剣な顔をして言う。


「近いとかじゃなくて……。とにかくタクシーで帰ってくれよ」


 私は黙る。


「これ、タクシー代ね。ついでにこれも」


 ルカさんは1万円と、メッセージアプリのIDが書かれたメモを渡してきた。


 ……これは。


「あー、お釣りは……返してね!」


 ルカさんは笑うが、部屋のルールでは個人間の連絡先の交換は禁止ではないか? 私の問いにルカさんは悪びれずに答える。


「みんなやってるよ。気が合うやつと合わないやつがいるだろ。だから少人数でこっそり会ってるんだよ」


 納得した私はその場でIDを追加した。


「本当にルカって名前なんですね」


「いやいや、これはメッセージアプリで使う名前ね。橘心愛ちゃん? まさか本名?」


 私が頷くとルカさんは神妙な顔持ちで言う。


「たまに変なやつもいるし、本名は使わないほうがいいよ」


「これしかアカウントないんです」


 私が申し訳なさそうに言うとルカさんは軽くため息をついた。


「そかそか。じゃあ、俺以外のやつには教えるなよ。マジで。たまに若い子狙いのオッサンとかいるから」


 私は昔、父から教わったSNSの危険性について思い出す。年齢や性別を偽って近付いてくる人もいる。相手が同年代の女性だと言っていても会うなと。


 でもきっとルカさんは違う。こんなに優しくて親切な人だもの……。



 タクシーに乗ると早速、ルカさんからメッセージが届く。


「タクシー降りたら通話して。話しながら歩けば変な男に絡まれることもないし、なんかあったら俺がすぐケーサツ呼ぶし」


 そんな頼りがいのあるルカさんを私は慕うようになった。次第に毎日メッセージを送り合ったり通話したりするのが当たり前になる。


 同時にチャットルームにも顔を出す。2人揃ってチャットに参加しながら、個別メッセージを送り合う。


 ルカさんはたまにチャットルームの参加者の悪口を言い、私たちは2人きりの秘密に心酔していった。

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