第13章 再会 その③

 私は年齢を偽っていたことを謝る。


「嘘をついていてごめんなさい」


 彼は私の言葉を受けて首を横にふる。


「どんな理由であれ、俺は心愛を傷つけた。それは謝らせて欲しい」


 久しぶりに会ったりくさんからは、前に感じたような怯えた様子は消えていた。りくさんは慎重に言葉を選びながら、保育園での出来事を話す。


 女性の保育士から「内緒だよ」と結婚の約束をさせられ、継続的な性被害にあっていたこと。でもそのときは、何をされていたのかわからなかったこと。ただ先生が優しいと思っていたこと。

 

 なんとか高校に進み、ロックに出会い、仲のよい女子生徒もできたこと。そして楽しい日々を送っていたのに、その女子生徒は彼に連絡もなく高校を中退したこと。


 上京後知り合った南さんはりくさんを「大人」にしようとしたが、次第に彼は、女性とは破滅的な関係しか築けなくなっていったこと。


 女性を軽蔑すると同時にどこかで、救って欲しいとも思っていたこと。私と出会う前まで、マチアプで数々の女性と体を重ねていたこと。


 一気に話すりくさんを前に私は覚悟を決めた。私が彼を支える。



 ……何が起きたかなんてわからないよね。

 ……抵抗なんかできないよね。

 ……他人からは見えなくても心身ともに傷つくよね。




 りくさんは今、ブログで知り合った雪月さんという女性に話を聞いてもらっているそうだ。


 雪月さんのブログによると、男性の性被害者を取り巻く環境は厳しいという。雪月さんがSNSで行った調査で回答した性被害者の1割が男性だが、彼らを受け入れる機関や団体がないという。


 雪月さんの通う自助グループの参加者は女性のみだ。男性がいることで怯えてしまう参加者がいるからである。


 ならば、男性の性被害者向けの自助グループを作ったらどうだろう? 私がそう提案するとりくさんは目を丸くした。


「そんなことできるわけないよ! 性被害について発信している女性たちは日夜バッシングされている。男の被害者の話なんて、誰も信じないよ」


 私はりくさんに、雪月さんに協力を仰いだらどうかと提案する。彼女の男性フォロワーたちの共感を得ることができるのではないか。



 りくさんと雪月さんがやりとりしてる間、私は彼女のブログの過去ログを読んだ。


 彼女は高校2年生のとき、バイトの帰りに見知らぬ3人組に襲われたという。両親は彼女がミニスカートを履いていたからだと責めたそうだ。


 これはセカンドレイプだ。


 山田さんは言った、理不尽なことが起きたとき一番簡単なのは自分を責めることだと。


 だがその理不尽なことが他人に起きた場合、簡単なのはその他人を責めることだ。自分の無力さと向き合わずに済むから。


 人々が被害者バッシングが行うのは、自分の手に負えないほど巨悪な事実を前に、感じた無力感から逃げたいからだ。


 雪月さんのブログで印象的だったのは、高校のとき仲良かったという男の子の話である。想いを伝えられないまま離れてしまったという。


 私は香乃のお母様の言葉を思い出し、噛みしめる。


 「行動しなかったら後悔する。行動して失敗したら、反省すればいい」


 いつの間にか私もそう考えながら生きるようになっていた。



 気がつくとカフェの閉店時間は過ぎており、店員が申し訳なさそうに片付けを始めていた。


 帰り際、りくさんが私にショッパーを渡してきた。中にはCDが入っている。彼が聴くのはメタルコア。私はHeaven Shall Burnのジャケットを見て素直に感想を言う。


「どちらがバンド名でどちらがタイトルかわかりませんね」


 りくさんが笑いながら聞いてくる。


「改めて、お父さんに会わせてくれるかな? 前泊めてくれたお礼も言いたいし」


 私は快諾するとともに、私からもお願いをする。


「今年の誕生日は一緒に過ごしたいです」


 りくさんは私の両手を取り、強く握りながら頷いている。出会った頃には見ることのできなかった優しい微笑み。


 帰りの電車。私はワイヤレスイヤホンを取り出し耳につける。昨年大ヒットした映画のサントラからLady GaGaのHold My Handを流す。



 そして雪月さんのブログを開く。さきほど更新されたようだ。彼女は高校のときの男の子を探すという。


 前に進み出したのはりくさんだけではないようだ。



【完】

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明日の鎖〜心愛編〜 奥火ゆかり @thegirls

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