第47話 詰み

 それは身体強化できなければあり得ない動き。

 想像もしないその行為に、支部長は目を見張る。 

 しかし、その状況下にあっても支部長は冷静だった。

 そのまま、気にすることなく拳を強く握りしめる。


 ゆっくりと流れていく光景の中、それを見た僕は笑うしかなかった。


 この土壇場でさえ、状況を見誤らない支部長の冷静さに。

 そう、本当にその行動はこの場における最適解だった。

 いくら身体強化をしたところで、今からでは支部長の攻撃を避けることなどできない。

 そして、僕の身体強化では支部長の攻撃を受けた時点で、待っているのは先ほどの二の舞。


 つまり、この時点で僕の敗北は決まったようなものだった。


 ーーそう、僕が前回と同じ状況であれば。


 拳が振り下ろされるその瞬間、支部長の目と僕の目があう。

 そのとき、支部長の瞳孔に反射した僕は笑顔を浮かべていた。


 僕と支部長の間に、クロによって土の壁が生成されたのはその瞬間だった。

 同時に僕は壁を蹴り上げ、全力で宙を飛んでいた。

 まるで支部長の攻撃からすべて、事細かに計算していたように。

 直後に、先ほど僕がいた場所を支部長は土の壁ごと破壊する。

 上に飛んでいたが故に、その時の支部長の顔を僕はよく見ることができた。


 自分が破壊した土の壁を見て、支部長が浮かべたなにが起きたのか信じられないといった表情を。

 そしてその表情は宙に浮く僕を見て、すぐに納得に変わる。


 一瞬で僕のやったことのからくりに気づいた支部長を目にし、僕はその思いを強める。

 ああ、本当に。

 この人は化け物だ、と。


 ーークロの付与によって何倍も加速された思考のまま。


 そう、前の僕であれば先ほどの攻撃は避けられなかっただろう。

 そんな僕が支部長の攻撃をさけれた理由、それはひどく単純だった。

 つまり、支部長の攻撃をさけた時の僕は先ほどの自分と違ったという話。

 そう、僕は高速でクロの思考加速からシロの身体強化に付与を切り替えた訳ではないのだ。


 つまり今、僕は同時に二つの付与を行った状態、二重付与を行っていた。


 身体にかけられた異常な付与を示すように、僕の身体を紫電が走る。

 思考加速と身体強化、それを同時に使ったことこそが僕が支部長の攻撃を避けたからくりだった。

 それを使って作り出しただけあり、今の支部長は隙だらけだった。

 勝利を確信しながら、僕は頭へと向かって自身の手に持った木剣を振り下ろす。


 ……僕の動きが急に遅くなったのはその瞬間だった。


 急速に世界が正常に戻っていく感覚、それに僕は苦笑する。

 この短時間でさえ、持たなかったかと。

 思考だけではない。

 身体強化さえ、今の僕は行えていなかった。


 こうして僕がぎりぎりまで二重付与を使わなかった理由、それこそ今の状態が理由だった。

 二重付与は短時間しか行うことができない。

 それどころか、一時的には付与さえ行えなくなる。

 この二重付与は効果時間も合わせて、実戦ではまだまだ仕えない技だった。


 しかし、今の勝利条件は相手を倒すことではなく、その身体に木剣を当てること。

 そしてここまでくれば、もう身体強化など必要でない。


 ……そのはずだった。


 完璧なはずの僕の計算。

 それが揺らいでいることに僕が気づいたのは、空中で木剣を振り上げた瞬間。

 土の壁を破壊したのと反対側の腕。


 ──それが手刀の形に変わっているのに気づいた時だった。


 その瞬間、詰みの二文字が僕の脳裏をよぎった。

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