第46話 想定外

 手に持つ木刀を、僕は改めて握り直す。

 あれだけの啖呵を切っておきながら、僕では支部長に届かないことを僕は理解していた。

 今もなお、僕の身体には先ほどの支部長の一撃によるダメージが残っている。

 次同じ攻撃をうければ、もう僕に立ち上がって戦う力は残っていないだろう。


 つまり、次の一撃を受けた瞬間僕の敗北は決まることになる。


 そう、相変わらず僕の不利は変わらない。

 いや、身体強化を最初から行っていることを考えれば僕は圧倒的に不利であると言えるだろう。

 ……何せ、もう支部長に僕に対する油断はないのだから。


 そしてその状況下における僕の勝利の可能性はひどく限られていた。

 何せ、一撃も僕は受けることはできないのだから。

 しかし、八方ふさがりという訳ではなかった。

 その為の手段として僕はその精霊を呼んだのだから。


「クロ」


「ン」


 その声に反応し、僕にクロの付与が施される。

 次の瞬間、僕はまるで世界が変わったような錯覚を覚える。

 それこそがクロの付与。

 思考加速。


「ほう」


 様子の変わった僕に対し、心底楽しそうに支部長が笑う。


「今度はなにを出してきた? 本当に手札の数が多いな、ライバート」


 その口調は軽い。

 ただ、支部長の視線は異常に冷静に僕の状態を観察していた。


「ただ、身体強化を解いて俺の動きに対応できるか?」


 瞬間、支部長の動きが加速した。

 その動きを見るだけで僕は容易に理解できる。

 今の僕の動きでは、この支部長の動きをとめることはできないと。


 そう僕では。


「クロ」


「……っ!」


 次の瞬間、支部長の進行方向の地面の床がへこむ。

 それは決して深い穴ではない。

 支部長の巨体を考えれば、その膝ほどのない穴。


 ただ、加速中の支部長には致命的な攻撃だった。


 身体強化もあり、加速した支部長は咄嗟に動きを変えることなどできない。


「あぶねぇ!」


 しかしそれでも、支部長は反応して見せる。

 地面を蹴り上げ、勢いはそのままに横に跳ぶ。


 ……それは異常ともいえる反応速度で。


 その動きに僕は内心舌を巻く。

 確かにこれは単純な手だ。

 しかし僕は強化された反射神経と、思考でほぼ完璧に近いタイミングで穴を作成していた。

 それを避ける支部長の動きは、身体強化だけではなく普段から身体を鍛えていることを物語っていた。


 そしてそれで支部長の動きが止まることはなかった。


「やるな」


 横に飛んだ支部長。

 それは明らかに無理な動きであったはずなのに、支部長の勢いが止まることはなかった。

 それどころか、さらに勢いを増して僕へと急接近してくる。


「ただ、こういう相手の対処法は知っている。……対処不可能なレベルの攻撃をたたき込めばいい」


 それは非常にシンプルな対処法にして……もっとも効果的な方法だった。

 今から魔法を発動させても身体強化のない僕には対処できない。

 それを理解して、僕は笑った。


「知ってますか支部長」


「……っ」


「──人は勝利目前に大きな隙を晒す」


 次の瞬間、僕の身体が加速した。

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