第13話 理解したのは

 呆然とする僕の代わりに、そう案内してくれた衛兵が前に出たのはその時だった。


「……お待ちください、当主様。そんなことはあり得ません!」


 想像もしない声に、この場にいる全員の目線がそこに集まる。


「許可も取らずの発言、誠に申し訳ありません! けれど、あの暗殺者の追いかけたものとして言わせてください!」


「貴様、当主様に対する無礼だぞ」


 アグネスが、咄嗟に衛兵の彼を睨みつけてそう吐き捨てる。

 しかし、彼は止まることはなかった。


「申し訳ありません……。けれど、私含め衛兵だけでは、どれだけの人数がいてもあの暗殺者を止めることはできませんでした! あれ程の実力者を止められるのは、ライバート様位しか……」


「でたらめを言うな!」


 いらだちを隠せない様子で、父がその言葉を遮ったのは、その途中だった。

 怒りを隠さない目で衛兵をにらみながら、父は叫ぶ。


「この穀潰しに、そんなことができる訳がないだろうが!」


 ……僕がどうしようもない失望を覚えてたのは、その時だった。

 少なくとも僕は、自分がある程度の実力を持っていることくらいは父も理解していると思っていた。

 けれど、父はそのことさえ理解していなかった。

 その事実に、僕は虚無感を感じる。

 その時になっても衛兵はまだ止まらなかった。


「いえ、そんなことありません! ライバート様は私達衛兵からも慕われている方で穀潰しなどはあり得ません!」


 こんな状況でありながら、僕の胸はその言葉に熱くなった。

 ずっと僕は衛兵達は情けもあって、自分のことをほめてくれているのだろうという思いがあった。

 しかし今になって、僕ははっきりと理解する。


 今まで僕をほめてくれた言葉は全て、心からのものであったことに。


「この、生意気な……!」


 衛兵の言葉に喜びを感じずにはいられない僕と対照的に父の顔が、怒りに染まる。

 そんな父を押しのけ、母が身を乗り出してきたのは、そんな時だった。


「そんなことはどうだっていいのよ!」


 怒りどころか、憎悪をその目に宿して僕をにらみつけながら、母は叫ぶ。


「一番大事なのは、あの子。アズリアに消えない傷跡を残ったことでしょうが!」


「……は?」


 僕の胸に合った、衛兵たちの気持ちをしった喜び。

 それが消え去ったのは、その言葉を聞いた瞬間だった。

 その言葉が聞こえない訳がないのに、僕はその言葉の意味を理解することができなかった。


「どういう、ことですか? アズリアに、傷跡?」


「ええ、そうよ! 貴方の無責任な行動のせいで、アズリアの腕にやけどを負ったのよ!」


「……っ」


 あの男の攻撃を受けた時の記憶が蘇ったのは、その瞬間だった。

 そういえば、あのときアズリアを守りきれず、手に傷を負わせてしまったことを。


 決してその時の傷を僕は軽視していた訳ではなかった。

 確かにあの傷が残ってしまえば、貴族令嬢としてはあまりにも大きな傷となる。

 何せ、少しの傷跡でさえ残ってしまえば、令嬢は傷物と扱われたりするものなのだから。

 だが、アズリアは行動な治癒を扱える。

 だから僕は、大事にはならないだろうと考えていた。

 すぐに治療していえば、後には残らないはずの傷だと。


 そう、すぐに治癒していれば。

 そう考えながら、僕の頭に浮かぶのは自分が意識を失う前の最後の光景だった。


 ……自分の傷を無視してでも、僕を治癒するアズリアの姿という。


「お前のせいで、アズリアは貴族令嬢として致命的な傷を負ったのよ!」


 僕が自分の犯した罪の大きさを理解したのは、その時だった。

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