第30話 予想もしない言葉

「……まさか、こんなことになるなんて」


 それは全ての配達と郵送が終わった、仕事の後。

 僕、ライバートが小さく呟いたのは、ギルドの外だった。

 宴会騒ぎの声がここまで聞こえてくるのを聞きながら、僕はさらに胸の中で呟く。

 ……この程度で、こんなに喜ばれるなんて、と。


 実のところ、僕も精霊達による郵送なんて初めての体験だった。

 けれど、召喚士の一番の役割とされる偵察について、僕は数え切れない程行っていた。

 また、精霊達は僕と一緒に戦ってくれた並の精霊ではない存在だ。

 その経験から、郵送くらいあの子達にとっては何のこともない出来事だった。

 だから僕は簡単にそれくらい一人でできると口を挟み。


 帰ってきた言葉……そんな精霊には無理だろという否定の言葉、に少しばかり怒りを覚えた。


 だから、僕はあえてパフォーマンス的にシロに多くの荷物を持って帰ってきてもらったのだ。

 自分の精霊達のすごさを見せつけるよう、その言葉を訂正させてやろうと思って。


 けれど、次の瞬間帰ってきた歓声は、僕にはまるで想定していないものだった。

 目を白黒させ、サーシャさんに助けられるその時まで、僕はあわてることしかできなかった。

 だが、今なら分かる。


 ……それほど感激する程に、このギルドは多忙だったのだと。


「はぁー。あんな忙しいなんて」


 僕がその現実を知ったのは、サーシャさんが僕を救出してすぐのこと。

 信じられないような切り替えで仕事を片づけだしたギルド職員の姿を見てからだった。

 その量はあまりにも膨大で、ようやく僕は気づいたのだ。

 ……僕の態度は、あまりにも大人げないものだったのではないかと。


 あの仕事を見た今なら分かる。

 ギルド職員の人達には、一切の余裕もなかった。

 そんな中であれば、

 僕から、一人で郵送できるというのは、僕にとってただの事実。

 しかし、ギルド職員の人にとっては冷やかしにしか感じなかったのではないかと。


 そして、あの多忙の中であればその怒りも当然の物だった。

 しかし、そんなことにさえ僕は思い至っておらず、故に今僕は自己嫌悪に苦しむことになっていた。


「……何が、これ以上何かいります、だよ」


 満面の笑みで笑い、僕をたたえてきたギルド職員の人たちを想い出しながら、僕は思わずそう呟く。

 本当に、こんなことだから僕は屋敷を追い出されたのではないのか……。


「っ!」


 突然、首の後ろに冷たい感覚が走ったのはその時だった。

 突然の感覚に反射的に跳ね起き、僕は後ろを振り返る。


「にゃっは。すっごい反応じゃん!」


 するとそこにいたのは、冷たい飲み物の入った二つのグラスを手にしたサーシャさんの姿だった。

 不自然に前につきだしたそのグラスに、自分の首もとに突きつけられたものの正体を理解した僕は一気に気が抜けるのを感じる。

 いつもの悪戯ぽい笑みを浮かべながら、サーシャさんは僕の隣に腰を下ろす。


「今日の功労者がどうしてそんなとこいるのさ。こんな早く終わる時なんて、中々ないんだよ」


 そういいながら、自分の隣をぽんぽんとたたくサーシャさん。

 それに従い、少し距離をあけて僕は座る。


「ん」


「……ありがとう、ございます」


 しかし、それでも僕がいつもの調子を取り戻すことはできなかった。

 我ながらぎこちない、そう思う態度で飲み物を受け取りながら、僕はうつむく。

 ……どう切り出して謝ればいいだろうかと。


「ねえ、ライバート」


 サーシャさんが口を開いたのは、そんな時だった。

 謝る機会を失った形となった僕は内心、自分の臆病さを後悔しながらサーシャさんの方を向く。


「……今日はごめんね」


 次の瞬間、僕の耳がとらえたのは想像もしない謝罪の言葉だった。


 ◇◇◇


 明日から一日一話更新とさせていただきます!

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