第31話 月の女神

「……え?」


 想像もしないサーシャさんの謝罪。

 それに僕は思わず、困惑の声をあげていた。

 理由も分からず呆然とする僕に対し、けれどサーシャさんは黙ることはなかった。


「私だけは味方になるべきだったのに、皆をなだめることしかできなかった」


 その言葉を聞いて僕はすぐに理解する。

 サーシャさんが言っているのは、ヒナが手紙を届けたあのときだと。


「あの時私はきちんと君を信じるべきで、味方でいるべきだったのにごめんね」


 そういいながら罪悪感の滲んだ笑みを浮かべたサーシャさんは僕の頭へと手を置く。

 普段なら照れ恥ずかしくて逃げていただろうが、今の僕はその手を振り払うことはなかった。

 そんな行動がとれなくなるほど真剣な謝罪をサーシャさんから感じたが故に。


 だが、別に僕はサーシャさんに怒ってはいなかった。

 例え信じられなかったとしても、あのときのサーシャさんは僕を守ろうとしてくれていた。

 それを理解しながら責めるつもりなど僕にはなかった。

 むしろ、さらに僕は自分の大人げない行為に対する罪悪感を募らせていた。


「僕こそ、申し訳ありません」


「え……? ごめん、何の謝罪?」


 本気で困惑した表情をするサーシャさんに、僕は俯きながら告げる。


「シロに荷物を運ばせて見せつけたことです。今考えたら、あれは大人げなかったと思います。……あんな多忙な状況で、冷やかしととられかねない行動を……」


 そこで僕は思わず言葉を止めた。

 その理由は、ぷるぷると震えるサーシャさんに手に気づいてしまったが故に。


「サーシャさん?」


「くふ、ごめん。ちょっと妙なつぼに入っちゃって……」


 そう言いながら、必死に笑いをこらえて肩を震わすサーシャさん。

 その姿に、どんどんと僕の顔から表情が消えていく。


「そんな真剣な雰囲気でなにを言うかと思ったら、そんな謝罪……」


 その震える声音を聞きながら僕は思う。

 やっぱり、謝らない方が良かったかもしれないかも、と。


「──それは謝らないでいいことだよ、ライバート」


「え?」


 まるで僕の思考を呼んだように、サーシャさんがそう告げたのはその時だった。

 まだ微かに顔にゆるみを残しながら、それでも真剣そのものな声音でサーシャさんは告げる。


「ライバートはヒナが馬鹿にされたと思ったから怒ったんでしょ?」


「……いやでも、それは勘違いで」


「ううん、勘違いじゃないよ。私達は、ヒナ達のことを過小評価していた」


 その言葉に、僕は咄嗟に口を開く。

 それでも、ギルドの人達はヒナ達を馬鹿にした訳ではなかったと。


「でも……」


「それに、そもそも君は勘違いしてるわよ」


 けれど、その僕の言葉をサーシャさんは許さなかった。

 にっこりと、けれど反論を許さない様子で告げる。


「仲間を思って怒ったことは謝ることじゃなくて、誇ることなのよ。素敵じゃない?」


 ……なぜかは分からない、その時なぜか僕は胸がいっぱいになる感覚で話せなくなっていた。

 そんな僕ににっこりと笑って告げる。


「だから、私に謝らせて。私が間違っていたわ。ーー貴方の家族は強くて、尊敬に値する素敵な精霊達なのね」


 何か言わないといけない。

 そう思いながら、僕は俯く。

 どうしてか、ここで気を抜くと涙が出てしまいそうで。

 ただ僕は思う。

 この人にあえて良かったと。


「……はい」


 何とかそれだけの言葉を絞りだし、僕を顔をあげる。

 ちょうどその時、月がサーシャさんの上へと姿を現す。。


「よく言えました」


 にっこりと笑いながら僕の頭を撫でるサーシャさん。

 月光に照らされたその姿は、まるで女神のようだった。

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