第23話 知らない街での目覚め
「……本当にお前はどうしようもないな」
うっすらと声が聞こえる。
それは聞こえにくい、不鮮明な声だ。
なのに僕は、それがだれの声か知っていた。
その声から振り払うように僕は耳を抑えようとする。
しかし、無駄だった。
なぜか僕の腕は動かず、全く声……父の言葉を防ぐことができなかったのだから。
「あんたさえいなければ……!」
そのうちに、聞こえてきたのは母の声だった。
キンキンとした声が頭に響く。
それは耐えようがないほど不快な感覚だったが、僕は知っていた。
これは耐えているうちに消えるたぐいのものだと。
何度も体験しているが故に、僕はそれを身体で理解していた。
「……おにい、どうして?」
けれど、次の声が聞こえた瞬間僕の中の平静が消え去った。
胸が痛い。
聞きたくない、やめてくれ。
声にならない悲鳴を僕はあげる。
だがそれは届かない。
次の瞬間、僕の目の前に血だらけのアズリアが立っていた。
「どうして私を守ってくれなかったの?」
そして僕の目の前が光に包まれた。
◇◆◇
「っ!」
身体を勢いよく僕は起こす。
どうしようもなく、息が荒い。
けれど、目の前にはもう両親の姿も、アズリアもどこにはいなかった。
「……夢、か」
そういいながら、辺りを見回した僕は思わず首を傾げる。
「どこなんだここ? あれ、僕は……」
僕の目に映るのは、まるで見覚えのない部屋だった。
子爵家の自身の部屋とも、時々寝落ちする書斎とも違う部屋。
とはいえ、今まで見たことのある庶民の部屋にしては大きく、しっかりした部屋だ。
……少しだけ、汚い床も見えるが。
こんな部屋、子爵家にあっただろうか。
そんなことを考えながら僕は辺りを見渡して身体をひねる。
「いつっ!」
鋭い痛みが走ったのはその時だった。
その痛みに、僕の頭の中今までの記憶が蘇る。
「そうだ僕は、子爵家から出てきたはずで……」
僕を守ろうとしてくれた衛兵のマーク。
守ることのできなかったアズリア。
そして、子爵家の領地と逆方向に行ったことだけは僕は覚えている。
少しでも遠ざかろうと身体に鞭打ち、シロの力を借りて一晩中歩いていたことを。
「多分、なんこか村を無視してたら大きな街に入ったんだ。……つまりここはあの街?」
おそらく気を失う前の最後の記憶、それを想い出した僕は次に自分の身体を見下ろす。
いつの間にか、綺麗に処置された身体を。
「一体誰が……」
ばたん、と僕の前の前にある扉が開け開かれたのは、その時だった。
「あら、起きてたの」
次の瞬間その扉から現れた女性の姿に、僕は思わず言葉を失っていた。
……全ては、その女性の美しさ故に。
艶やかな黒い肩まで髪に黒目、女性にしては高い身長。
年の頃は二十に行かない程だろうか。
僕の方を感情の読めない目で見つめる女性の顔は、非常に整っていた。
別に僕は美人を見たことがないわけじゃない。
アズリアも少し口が悪いとはいえ、艶やかな金髪を持つ貴族然とした美少女だった。
しかし、目の前に立つ女性はアズリアと違い成熟した女性としての魅力を持っていた。
こんな美人が現れると思っていなかった僕は、思わず凝視してしまう。
「えっと、私の顔に何かついてる?」
「っ! あ、いえ!」
困ったような顔でそう言われた初めて、そのことに自分で気づいた僕はあわてて顔を逸らす。
顔に熱が集まるのを感じながら、僕は自分を責める。
目の前の人は明らかに恩人であるのに、なんて恩知らずなことをしているのだと。
しかし、そんな僕と対照的に女性は顔色も変えることもなかった。
「まあ、慣れてるから良いけど」
そう言って、扉の近くにある椅子に腰を下ろした彼女は、感情の読めない表情で口を開いた。
「早速で悪いんだけど、君は私が助けたことを理解してる?」
「……はい」
その言葉に、僕は頷く。
あの記憶から考えるに、僕は助けられた上に処置もされている。
つまり、目の前の女性は僕にとって恩人だ。
それを言うと、女性はかすかに口元だけ笑って告げた。
「良かった。その調子なら、私が治療の為に治癒師の元に行ったのもわかってそうだね。──で、君はいつここから出ていける?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます