第22話 曇天 (アズリア視点)

 それから、両親は逃げるように屋敷に戻って行った。

 最後まで、ヨハネスの話は信じず、ライバートを探せと叫びながら。


 ……そして私も、部屋に戻ることしかできなかった。

 私の頭の中に、ヨハネスから聞いた話が蘇る。

 ほとんど初めて聞いたような話が。


 そう私は、その話のほとんどを知っていなかった。

 聞いたことがあるのは、オーガを倒したことと、少し書類仕事を手伝っていることだけ。

 それさえ私は、オーガも倒すのに貢献した程で、書類仕事も少し手伝っている程度だと思いこんでいた。

 そんな状態でありながら私は、まるでなにもかも知ったような顔でライバートと接していたのだ。


 ぽたり、と水滴が地面に落ちる。


 一体そんな私を、おにいはどう思っていたのだろうか。

 そう思うだけで、私は胸が痛くてたまらなかった。

 どれだけ私の過小評価に傷ついていたとしても、おにいは私を憎んでいないと分かるからこそ。


 ……なぜなら、私が襲われたとき必死の形相で、命さえ失いかねない状況の中助けてくれたことを私は知っているのだから。


 だからこそ、私は自分が許せない。

 そこまでして助けてくれた人を守るどころか、正当な評価を認めさせることさえ私はできなかったのだから。

 にじむ視界の中、私の薄っぺらい賞賛にも笑顔を浮かべてくれていたおにいの姿が蘇る。


 ーーあの人は、私にとって太陽のような人だった。


 両親は私におにいと比べものにならない程よくしてくれる。

 けれど、私は気づいていた。

 その親切の裏で、両親は私を道具として評価しているだけだと。

 口にした訳じゃない。

 けれど、その目がいつも語っていた。


 回復魔法を仕え、見目のよい私はどんな有力な貴族に売れるだろう、かと。


 それを私はずっと感じていた。

 もっと自分を見てほしいと感じながら、両親の期待に背くことができず、言いなりになる日々。

 そんな中、おにいだけは私をただのアズリアとして見てくれた。

 私にとって、その日々がどれだけ心地よく、安堵できる時間だったことか。


 ……そう、秘めた思いを抱いてしまう程に。


 気づけば、先ほどまで差し込んでいた暖かい光は消え去っていた。

 薄暗い光が照らす部屋の中、私は小さく口を動かす。


「どうか、あの人を認めてくれる人がいますように」


 見下すばかりの両親でもなく、本当の力を知ることも無かった愚かな妹に邪魔されない場所。

 ライバートという人間の真価を理解していたヨハネスのような人達ばかりに囲まれるように。

 そういう願いを込めて、私は祈る。


「今度こそ、あの人が正しく輝ける場所を見つけられますように……」


 厚い雲に覆われた曇天の下。

 私の言葉は、ただ宙に溶けた。

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