第21話 ライバートの働き (アズリア視点)

 そのヨハネスの言葉に、今度こそ父はなにも言わなかった。

 なにもかも受け入れられないと言った様子で、呆然と立ち尽くしている。

 だが、ヨハネスは容赦しなかった。


「あのほとんど働かない執事の分、倍異常の働きをライバート様は行っていました」


「……ほぼ雑務であろうが」


「ええ。ですが量に関して言えば、私以上の働きをしてくださっておりました」


 淡々と父の反論をつぶすヨハネス。

 その無感情な様が、何より雄弁に物語っている。

 そう、ヨハネスの言葉が事実であることを。


「それだけではありません。この領地の軍事力が高いと言われる所以もライバート様です」


「違う! それはこの領地の衛兵が……」


「確かに、この領地の衛兵は精鋭揃いです。ですが、よその衛兵より圧倒的に少ないこの量で、軍事力を誇れる訳がないでしょうが」


 そう言いながら、ヨハネスの目には冷ややかな光が浮かんでいた。

 それは言外に、この言葉を父に訴えたのが一度ではないことを語っている。

 そして、その度にはねのけられてきたことを。


 ……しかし、今度ばかりは父もヨハネスの言葉の重さを理解せずにはいられなかった。


「それでもなお、この領地が精鋭を有していると言われ続けたのは、ライバート様の実力の賜物です。──上位冒険者、Cランク並の実力を持った強者とはライバート様のことです」


「……なっ!」


 その言葉に、父が思わず声をあげる。

 そして、今回に限っては私も驚きを隠せなかった。


「う、嘘……」


 何せ、Cランクの魔獣は小さな街ならつぶせるだけの力を持ち、それと戦うCランクは冒険者にとって一つの節目とされるランクだ。

 生涯のうち、Cランクに至ることが冒険者の栄光とされ、ほとんどの冒険者がDランクのうちに生涯を終える。

 そんな高位に、おにいが至っていた?


「いえ、本当ですよ、アズリア様。何せ、以前お話ししたオーガはCランク上位と言われる魔獣です。それを、ライバート様はほぼお一人で討伐されたのですから」


「っ! 私、なにも……」


 その言葉に、私は今更ながら知ることになる。

 自分はあまりにも無知であったことを。

 オーガが脅威であると言うことを知りながら、その脅威がどれほどなのかも私は理解していなかった。

 そもそも、そのオーガとの戦いの一部におにいが参加した程度のものだと思いこんでいた。

 そのことを今になって理解した私に対し、ヨハネスは優しく微笑んだ。


「……アズリア様には、私はあえて詳しくお話しておりませんでした。ですから、気にやまれることはありません」


 そう言って、ヨハネスは視線を父と母に移す。

 その時にはもう優しげな色は消え、そこにあったのはどこまでも冷たい目だった。


「ですが、当主様方には何度も、何度も、何度もお伝えいたしましたよね? あの方を穀潰しと呼ぶのはやめてほしいと」


 そう告げるヨハネスの顔には怒りの感情が浮かんでいた。

 しかし、それ以上に諦めの感情があることに私は気づく。


「そして今回ももう一度言いましょう。……もう、あの方がこの屋敷に戻ってくることはありませんよ」


 僅かな焦りと、怒り。

 そして、達観したような表情でヨハネスは告げる。


「そして、この家の家宰として断言します。──あの方がいなければこの屋敷は立ちゆかない」

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