第20話 二回目の言葉 (アズリア視点)

 ヨハネスの言葉、それは信じられないものだった。

 けれど、そんなことあり得ないと言うには、あまりにもアグネスの表情は真に迫っていた。

 ヨハネスはそんなアグネスを無視し、呆然とする父へと書類を手渡そうとする。

 アグネスが行動を起こしたのは、その時だった。


「……なにをでたらめを!」


 そう叫びながらも、決死の表情でアグネスは手を伸ばす。

 その先にあるのは、もちろんヨハネスの手に握られた書類。

 けれど、その書類にアグネスの手が届くことはなかった。


 そのアグネスの行動を予知していたように、ヨハネスが避けたが故に。


「その行動が何よりの証拠だと気づかぬのか」


 そうアグネスにさげすんだ視線を送りながらも、ヨハネスは書類を父に渡していた。

 アグネスの顔に絶望が浮かび……父の顔色が変化したのはその直後だった。


「アグネス! 貴様、私が今まで目をかけてやった恩を……」


「っ!」


 脱兎のごとくアグネスが身を翻したのはその瞬間だった。


「どけ!」


「きゃっ!」


 私を押しのけ、アグネスは部屋を後にする。

 一拍後に、表情を怒りで染めた父が叫ぶ。


「その男を逃がすな! そいつは罪人だ!」


「もうすでに手は回しております」


「……は?」


 想像もしていないヨハネスの言葉に、父の顔から怒りの表情が抜け落ちる。

 そのヨハネスの言葉の意味は、すぐに分かることになった。


「この、離せ! 私は執事……」


「今は罪人。そう言われたのが聞こえなかったのか?」


 アグネスと、外にいたらしい衛兵の会話。

 それは遠くの声ではなかった。

 それはつまり、アグネスがほとんど逃げることもなく捕まったことを物語っている。


 ……まさか、ヨハネスはアグネスが逃げたときを想定してこの場所にいたのか。

 そう理解した私の頭の中、部屋の前にいた衛兵マークの姿が蘇る。

 もしかしたら、私の部屋の前にいたのも、アグネスが逃げたときの対策だったのか。

 その考えに行き着いた私は、呆然とヨハネスを見上げる。


「他家にまで出向き証拠を集めた甲斐がありましたな」


 そう告げるヨハネスの視線の先、そこには私と同じように呆然とヨハネスを見つめる父と母の姿があった。

 しかし、私達の反応と対象的にヨハネスは冷静そのものだった。

 その様子に、私は理解させられる。


 ……ヨハネスはずっと前から、アグネスの横領に気づいて準備してきたのだと。


 つまり今は、ヨハネスにとってようやくアグネスを糾弾できた瞬間になるのだろう。

 それに反して、ヨハネスの顔に喜びはなかった。

 それどころか、苦さを隠せない表情でヨハネスは告げる。


「いや。こんな事態に……ライバート様と比べればあんな小物などどうだってよかった」


 その表情のまま、ヨハネスは口を開く。


「これで少しは理解できますかな? どうしてあんな寄生虫がいながら、この領地が運営できたか」


 そう言ってヨハネスが示した書類に書かれていたのは、決して少なくない横領の証だった。

 それこそ、貴族でさえ被害が少ないとは言えないほどの。


「その全てはあの方、ライバート様がいたからです」


 そうして、ヨハネスは再度あの言葉を告げた。


「ライバート様は、あの方は穀潰しなどではない」

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