第37話 異常事態 (サーシャ視点)

 一瞬私の思考が止まる。

 しかし、すぐに私は次の書類をめくる。

 そしてすぐに、その次、果てには書類の山を手に持ち、次々に書類を確認していく。


「……これ、終わった書類の山なの?」


 私がようやく事実を認められたのはその時だった。

 確かに私と比べると異常に早いとは言えない。

 けれどこの書類の量は、他のギルド職員をも圧倒する速度だった。

 目の前のことが信じられず、今度は一枚一枚書類を確認し始める。


「正しい……」


 そしてさらに驚愕することになった。

 確認した限り、全てが正しい書類の内容に。


 確かに私がライバートに渡したのは、比較的簡単な書類だ。

 計算処理などが多く、外部の人間が行っても問題のない類の。

 だからと言って、この速度でこの精度は明らかに異常だった。


 ……そう、私と同じようにスキルを持っているなどがなければ。


「えっと、何かおかしいところありましたか?」


 おそるおそると言った様子で声をかけてきたライバートの方に私は向き直る。


「ねえ、ライバート貴方は召喚士なのよね?」


「え、はい? そうですけど……」


「だったら、なんでこんなことできるの?」


「っ!」


 次の瞬間、私はライバートの方に身体を寄せ、問いつめていた。

 至近距離、ライバートの目が泳ぐ。

 それに聞くのが悪いかもしれない、そんな考えが頭の片隅によぎるが、もう私の好奇心はとまることはなかった。


「あら、なに隠してるの?」


「……あの、その前に離れて」


「隠そうとしても無駄よ」


「そ、その……」


 徐々に、ライバートの顔が朱に染まっていく。

 しかし、それでも私は異常に気づかず問いつめようとして。


 そんな私を冷静にする声が響いたのはその時だった。


「ワレノ チカラヲカシタ」


「……え?」


 反射的に私は声の方へと振り向く。

 そして、そこにいる存在、亀の精霊クロを見て固まることになった。

 まさか、そこにいる精霊が口を開いた?

 いや、そんな精霊が話すなんてこと聞いたことも……。


「ハナレテヤレ ヌシガメヲマワスゾ」


 そんな私を追いつめるように、クロが言葉を続ける。

 もう私には言葉はなかった。

 言われるがまま、ゆっくり私はライバートから手を放す。


 真っ赤なライバートが限界を超えたように私から離れたのはその時だった。


「あ、ありがと……」


 そのライバートのお礼に、片ヒレを上げることで答えるクロ。

 そんな姿に私の心の中、そんな嫌がらなくていいのに、という場違いな感想が浮かぶ。

 少し落ち着いたライバートが口を開いたのはその時だった。


「えっとですね、先程言った通りのことになります」


「……どういうこと?」


 飲み込めない私に、どこか自慢げな顔でクロを撫でながらライバートは告げる。


「クロが僕に力を貸してくれた、ということですよ」

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