第50話 勝敗

 その言葉を僕はゆっくりと聞く。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「……僕は勝っていた?」


「ああ、そうだな」


 僕の言葉にそう頷いた支部長の顔には、演技などではない悔しさがにじんでいた。

 それを目にし、僕はようやく理解する。

 自分の攻撃があの支部長に届いていたのだと。


 それを理解した瞬間、僕の胸にあふれたのは歓喜だった。


 もっと、わかりやすく条件を変更してくれや、この試験を合格してもなにもないことなんてわかっている。

 けれど、そんなことどうでもよくなるくらいに、うれしくてたまらなかった。


「素直なやつめ……」


 そんな僕を正気に戻したのは、不機嫌そうな顔をした支部長だった。

 わかりやすくすねた支部長が口を開く。


「いっておくが、あれは油断していただけだぞ」


「……はい」


 その言葉に僕はうなずく。

 そう、僕も理解していた。

 この勝負を勝てたのは、本当にただの偶然にすぎないと。

 あのとき、偶然シロが遅れて魔法を発動したのがなければ、僕は負けていた。

 何せ、その偶然を最大限利用してもなお、僕は剣を当てられなかったのだから。

 そんな僕に、支部長は腕組みして続ける。


「俺も精霊の攻撃に気づいていた上に……って」


「今は黙ってなさい」


 ずっと黙っていたサーシャさんが支部長の頭を勢いよくはたいたのはそのときだった。


「お前上司の頭を……」


「もう少し大人らしく振る舞えたら上司として扱ってあげますけど?」


「……悪かった」


 一部だけ、目だけが笑っていないサーシャさんの満面の笑みに支部長が後ろに下がる。

 その支部長を目の笑っていない笑顔で見送った後、サーシャさんは僕の方へと向き直った。

 ……同じ笑顔のままで。


「ライバート、まずいい?」


「え、その、はい……」


 その言葉に反抗できずにうなずいたものの、僕の内心は焦燥で支配されていた。

 僕はなにをやってしまったのだろうか、と。


「貴方大分無茶したでしょ」


「……え?」


「記憶ないでしょうけど、貴方大分重傷だったわよ」


 それに僕は思う。

 そういえば、最後支部長の攻撃を受けたとき、僕は身体強化も行えていなかった。

 その状態で攻撃を受けたら、すごいことになるだろうと。


「……何でそんなことをしたの?」


 サーシャさんの質問に僕は考え、答える。


「なにも考えていませんでした……」


 あのとき、僕の頭にあったのはただ負けたくないという思いだった。

 それ以外なにも僕の頭にはなかった。

 いや、それ以外そのときの僕にはもうどうだってよかった。


「ただ僕はサーシャさんの期待を裏切りたくなくて……」


 ゆっくりと僕の頬にサーシャさんが手を当てたのはその時だった。


「……馬鹿、私はそんなこと望んでないわ」


 しかし、それ以上に僕の意識を奪ったのは潤んだサーシャさんの瞳だった。

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