第2話 恵まれたはずの境遇
痛いくらいなる心臓から必死に気を逸らしながら、僕は頭を下げる。
そんな僕に対し、父は朗らかに笑う。
「おい、私達は家族だろう。そんな頭など下げなくてもいいんだぞ」
それは一件僕を気遣った言葉。
しかし、それを聞く僕の心臓はさらに強くいたむ。
次の言葉にある期待をしてしまったが故に。
「いくら、穀潰しの身分でもそこまで気など使わなくていいんだぞ」
「……っ」
けれど、その僕の期待はあっさりと裏切られる。
……父の言葉は何時もとまるで変わらない態度だった。
にっこりとそう笑いかけてくる父。
その顔に浮かぶのは、紛れもない善意だ。
それに僕は何とか、笑顔を浮かべる。
……ここ数年で、とてもうまくなった能面のような笑顔を。
「いえ、私のような人間をまだ家においてくれているのです。感謝の証として頭くらい下げさてください」
「そうか、お前がそういうなら……」
僕の言葉に、満面の笑みでそう父は頷く。
それを見ながら、僕は自分に言い聞かせる。
これで良いはずだと。
これがこうして慈悲をもらっている僕がするべきことなのだと。
……それだけのものを僕は家族からもらっているのだから。
「それにしても、また鍛錬などしているのか」
少し不満げな様子で父が口を開いたのは、そう僕が自分に言い聞かせている時だった。
その言葉に、僕は咄嗟に口を開く。
「これも、家族に危害が及んだ際、少しでも役に立てるようにと思いまして。こうして、少しでも恩を返すために動いておかないと」
「……その心は確かに殊勝で良いな。だが、別に根を詰めなくていいのだぞ」
その瞬間、僕の心臓が急速に締め付けられる。
だが、そんなことに気づくこともなく、笑顔で父は告げた。
「どうせ召還士のお前がなにをしても無意味なのだからな」
その言葉に、僕の中少し前まであった自負が崩れていくのを感じる。
この五年、必死にやってきたことは少しくらい身についているだろうという思い。
「これまでなにをしても意味などなかったのに、お前も馬鹿だな。素直にあきらめて、おとなしく過ごせばいいのに。無駄なあがきは見ていて滑稽だぞ? ──お前は所詮、穀潰しなのだから」
その思いが悪意のない父の笑顔に崩れていくのを僕は感じる。
「まあ、心配するな。穀潰しだろうが私はお前を見捨てはしない。今までお前を育てるのに、どれだけ金をかけてやったと思う? そんなこと、他の貴族であれば、考えもしないぞ」
「そう、ですね。そんな僕をこうして家族として認めてくれる父上には、本当にどう感謝すればいいのか」
何度も何度も言ってきたはずのその言葉。
しかし、なぜか今だけはその言葉をいうのに、僕は異常な抵抗を感じずにはいられなかった。
それでも僕は笑顔で嫌悪感を飲み込み、告げる。
「本当にありがとうございます。父上。こんな優しい家族がいて、僕は幸せ者です」
「はは。家族なのだから気にするな。……と、忘れるところだった。家宰のヨハネスが呼んでいたぞ。いつもの雑用だが、それくらいしてきてやれ」
「それしか、穀潰しの僕にできることはないのだから、ですよね」
僕が先んじて父の台詞を告げると、少し目を見開いた後、父はまたもや笑顔を浮かべる。
「ああ、よく分かってるじゃないか。あまり待たせるなよ」
そう言うと、父は機嫌良さげにここから立ち去っていく。
……その背中を見ながら、僕は少しの間この場から動くことができなかった。
鉛のように思い足を感じながら、僕は小さく呟く。
「僕は、恵まれている。他の貴族は、召還士の子供を捨てているんだ」
それはいつも家族に言われる言葉。
本当にそうだと、僕は恵まれているとそう思っている。
捨てられずに、こうして育ててくれた家族は間違いなく善人で、その子供である僕は運が良かったと。
なのに、どうしてか僕は頻繁に考えてしまう。
……いっそ、捨てられていたら僕は、こんな惨めではなかったのでないかと。
「なんだか、疲れたな……」
ゆっくりと僕は歩き出す。
その足取りは、どうしようもなく重いものだった。
◇◇◇
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