第15話 感謝の言葉
それから最低限の荷物だけ用意された僕は、衛兵に案内され屋敷の外にある小屋に向かっていた。
そこにある干し肉などで旅支度を行い次第、出て行けと。
……しかしそこにあったのは、旅路には明らかに足りない程度の干し肉だけだった。
背後にはもう見送る人間などおらず、僕は自分のことながらなんて人望のなさだと笑ってしまいそうになる。
唯一そんな僕を心から心配してくれていたのは、目の前で案内してくれる衛兵だけだった。
本当にもったいない人が見送りに来てくれたものだと、僕は内心思う。
……この衛兵とも、アズリアとももう会話することができない、その事実に僕の胸が少し痛む。
前を歩いていたはずの衛兵が止まったのはそんな益体のないことを考えていた時だった。
「ライバート様、本当に申し訳ありません……!」
僕の視点からは衛兵の彼の背中しか見えない。
けれどその背中はふるえていた。
「俺はライバート様の努力も、得た実力もしっていたのに、なにもできなくて……」
「そんなことは言わないでくれ」
その言葉は、反射的に口から出た本心だった。
心から僕は、この場に衛兵がいてくれたことに感謝していた。
しかし、その言葉はさらに衛兵の顔を歪めさせるだけだった。
「いえ、俺はヨハネス様が戻ってくるどころか、アズリア様が目を覚ます時間まで稼げませんでした。こんな理不尽なこと、許していいわけないのに……!」
その悲痛な言葉と反し、僕の胸に暖かみが生まれたのはそのときだった。
そんな自分に気づき、僕は思わず笑ってしまう。
……この状況になって、僕は初めてこんなにも自分のことを慕ってくれていた人間を知ることになるのかと。
こんな空気の中、思わず笑ってしまう僕に、衛兵は怪訝そうな表情を浮かべる。
「ライバート、様?」
「ごめん。でも嬉しくて」
そんな彼に謝罪しながらも、僕は笑みを抑えることができなかった。
そのまま僕は、衛兵の彼に問いかける。
「一つ、聞かせてもらっていいかい?」
「……はい、俺に答えられることであれば」
「君の名前を教えてくれないか?」
「……っ」
その言葉に、衛兵の彼は大きく目を見開く。
それも当然だろう。
何せ、僕は仮といっても貴族で、一衛兵の彼とは大きく身分が違う。
本来であれば、衛兵の彼が恐れ多いと断ってきてもおかしくない状況だ。
それでも僕は、彼の名前を聞きたくて仕方なかった。
衛兵は、少し躊躇した後、口を開く。
「……俺、いえ私はマークと言います」
「そうか。良い名前だね」
そう微笑みかけた僕に、目を見開き固まったマークへと僕は深々と頭を下げる。
本来貴族は頭を下げるべきではない、そう教育されていたが、もうそんなことどうだってよかった。
ただ感謝を伝えるべく、僕は口を開く。
「ありがとう、マーク。君が僕を助けようとここまで庇ってくれたこと、絶対に忘れない」
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