第26話 聴き逃したのは

 そこまで考え、僕の胸苦い物がよぎる。

 けれど僕は、すぐにシロの方へと意識を戻す。

 とにかく、ここまで待ってくれたのにさらに待ってと言うのも申し訳ない。

 何か代案でも、と僕があるものに気づいたのはその時だった。


「そう言えば、まだ食べてなかったな」


 僕の視線の先、それはギルドから帰ってきた時に、サーシャさんが昼にお食べと渡してくれたスープとパンの入ったお盆だった。

 それを布団の上まで持ってきた僕は、シロに尋ねる。


「ごめん、今は少し好物は作れなくて。今はこれで許してくれないかな?」


「にゃう……」


 その僕の声におそるおそるスープをのぞき込んだシロだが、すぐに僕の右足の上で待機の姿勢になる。

 どうやら、お気に召したらしい。

 そわそわとした姿に僕はそのことを理解し、苦笑しながらもう一人の功労者の名前を呼ぶ。


「ヒナもおいで」


「……ぴよ」


 次の瞬間、僕の左足の上に顕現したのは心配そうな様子を隠さないひなの姿だった。

 それに僕は胸によぎる苦さが増すのを感じる。

 その思いも胸の奥に押し込めながら、僕は二つに割ったパンをスープに浸す。


「ヒナも今日はこれでお願いしていい? また改めてお礼は渡すね」


「にゃう!」


 そう言うと、嬉々としてシロはパンにむしゃぶりつく。

 しかし一方のヒナは少しの間、迷っているように僕の方を見ていた。

 それでも僕がどうぞ、と手で合図をすると少しづつ食べ始める。


「ぴっ」


 シロと同じ勢いで食べ始めるのは、それからすぐのことだった。

 その光景を見ながら、僕は二人の口にスープが合ったことに安堵する。

 といっても、このスープがおいしいことは知っていたから、そこまで心配もしていなかったが。


「まあ、なんでずっとこのスープがご飯に出てくるのかは知らないけど」


 そうつぶやき、僕は無邪気にパンを食べる二人に笑顔を浮かべる。

 そう言えば、クロがいなければ暗殺者に気づきもしなかった。

 またクロにもお礼をしなければ。

 本当に僕は、この子達にどれだけ救われているのか。

 そう僕は考える。


 三度僕の胸に締め付けられる感覚がきたのは、その時だった。

 そして、今度こそ僕は自分の苦い思いから目を背けることができなかった。


「なんで僕は、サーシャさんに召喚士であることを打ち明けられない?」


 ぽつりと僕の口から疑問が漏れる。

 いや、それは疑問ではなかった。

 なぜなら、僕はその答えを知っているのだ。


 僕の頭にある光景が浮かぶ。

 それは光がにじんだ満面の空。

 それを目にしたあの時、自身の無力をこれでもかと突きつけられたあの時を想い出しながら、僕は呟く。


「……僕はもう失望されたくない」


 それはできれば直視したくなかった、情けなく惨めなことこの上ない本心だった。

 自分の不甲斐なさを眼前に突きつけられ、僕は俯くことしかできない。


「にゃう?」


「……ぴぃ」


 顔をあげると、いつの間にか二匹は食事の手を止め、僕の方を心配げに見つめていた。

 その姿を見ながら、僕は改めて思う。

 この二匹は、僕にとって何より大切で自慢すべき家族であると。


 ……だからこそ、僕はその家族を胸を張って紹介することのできない自分が許せなかった。


 強く、僕は自分の唇をかみしめる。

 分かっている。

 そんなことで本当に失望する人かなんて、打ち明けてみないと分からないのだ。

 実際、アズリアやヨハネス、そしてマークの様な人間もいる。


 そう分かっているのに、僕は怖くて仕方なかった。


 強く、僕は強く拳を握る。

 胸の恐怖を抑えこもうとするように。

 そして、自分に手一杯だった僕は気づかなかった。

 いつの間にか、部屋に近づいていた足音に。


「なに、これ」


 扉が開く音とともに響いた声。

 それに反射的に顔をあげた僕の目に入ってきたのは、呆然とたたずむ一人の女性。

 ……サーシャさんの姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る