第27話 人生が変わった日

「これは……! その、違って!」


 気づけば僕は、身体の痛みも無視して立ち上がっていた。

 ヒナとシロが警戒態勢になっていることさえ気づかず、サーシャさんに弁解しようと、必死に口を開く。


「僕は、なにもする気は……」


 しかし、平静心を失ったその状態でまともな言い訳などできる訳がなかった。

 意味も持つかも怪しい言葉の羅列しか、僕の口からでることはなかった。

 そんな状態の僕の頭の中、浮かぶのはこの屋敷で目覚めたときに見た夢だった。

 僕を冷たい目で見るアズリアの姿が目の前のサーシャさんと重なる。


 ……感情のまるで読めない呆然とした顔でサーシャさんがこちらに近寄ってきたのはその時だった。


「っ!」


 思わず僕は息を呑む。

 しかしそんな僕の内心など気づかず、サーシャさんは僕の目の前でぴたりと止まった。


「……嘘、ライバート貴方スキル持ちだったの!?」


「え?」


 呆然とこちらをみるサーシャさんの姿。

 それを見て、僕は今更ながら気づく。

 その表情には驚愕こそあるものの、嫌悪感はないことに。

 それどころか、どこか好意的な様子である様にも感じる。


「それなら、言ってくれれば良かったのに!」


 そしてその考えは僕の気のせいではなかった。

 嬉々としてヒナとシロの方に向かっていくその姿に、僕はサーシャさんが一切の嫌悪感を抱いていないことを知る。


「あら、かわいいわねぇ!」


「ぴぃ!」


「わ! この子火を吹かなかった!?」


 ヒナを撫でようとして威嚇されているその姿を見ながら、僕はふと想い出す。

 そう言えば、ヨハネスからスキルを持つ平民は少ないと聞いたことがあったことを。


 スキルには種類があり、先天的スキルと後天的スキルに分かれる。

 後天的スキルに関しては平民であろうが、貴族であろうが関係なく手にすることができる。

 しかし、先天的スキルは稀に突然現れることがあるほか、血統に大きく関わるスキルだ。

 その為に貴族はスキルを持つ人間と婚姻し、血筋を高めていった。

 つまり、先天的スキルはほぼ貴族専用と言っていい。


 また、後天的スキルに関しても決して楽に入手することができる訳ではない。

 その結果、平民の多くはスキルを持っていない人間が多い。


 かつてヨハネスから聞いたその話を想い出しながら、僕の肩から力が抜けていくのが分かる。


 ……自分が想像以上の取り越し苦労をしていたんじゃないか、と思って。


「にゃう」


「わっ、今度はぴり、てした!?」


 今度はシロと遊んでいる様子を見る限り悪感情は一切見えなかった。

 嬉々としてじゃれつきに言っているサーシャさんの顔はだらしなくゆるんでいる。


 けれど、その姿を見てもなお、僕の心には疑念が消えることはなかった。

 召喚士のくせに、穀潰しのくせに。

 何度も何度も言われた言葉が、僕の心をゆがませる。

 気づけば僕は、口を開いていた。


「……本当に分かっていますか?」


「ん?」


 わちゃわちゃと動き回っていたサーシャさんが僕の言葉に反応して顔をあげる。

 痛いほどなる心臓を感じながら、僕はさらに告げる。


「僕は召喚士。貴族社会では……」


 疎まれるべき存在、そう続けようとしてけれどその言葉が口からでることはなかった。

 その前に、サーシャさんがぐい、と身体をこちらに寄せてきたが故に。


「やっぱり召喚士だったのね!」


「え? ……え?」


 呆然とする僕を余所に、サーシャさんは全身で喜びを露わにしている。

 次の瞬間、態度だけは下手に……けれどその視線で逃がす気はないと語りながらサーシャさんは口を開く。


「ねえ、ライバート。ギルドで雑用を手伝う気はない? 分かったありがとう!」


「僕は何も言ってないです」


 ……それが、僕の人生が大きく動き出した日のことだった。

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