第40話 頑強なるバルク

「お、よく来たな!」


 部屋の中に入った瞬間、聞こえたのは魔獣の声に匹敵しそうな大きな声だった。

 その声を聞きながら、僕は思わず固まる。


「ぴい」


「にゃう……」


 僕の隣、ヒナとシロが現れたのはその瞬間だった。

 それに気づいた僕は、ぎこちない笑みで口を開く。


「あれ、二人とも気になって出てきちゃった? でも今は下がってもらって大丈夫だよ」


 ……そういいながらも、実際のところ僕は理解していた。

 二人が出てきたのは決して好奇心からではないことを。

 それだけの脅威を目の前の人、ギルド支部長に感じたからだということを。


「お、これが噂の精霊か! 中々いい感覚をしてるじゃねぇか!」


 そう言って豪快に笑うギルド支部長へと目をやる。

 短い髪に、髭の生えた豪快な見た目に反し、その笑顔は人を落ちつける暖かみに溢れている。

 しかし、その表情に安堵を感じる心とは別に、僕は警戒を解くことができなかった。


 ……一瞬でも気を抜けば、僕は殺されてもおかしくない、それほどの脅威を目の前の男性に感じたせいで。


 その感覚のせいで警戒を解くことのできない僕に対し、その人は豪快な笑顔を浮かべながら手を差し出してくる。


「初めまして、だな。俺がラズベリアのギルド支部長なんて席に押し込められたバルクってもんだ!」


 Aランク冒険者、頑強なるバルク。

 目の前の男性の現役時代の呼び名が僕の頭に浮かんだのはその時だった。

 Bランクで近隣の街全体が脅威になりかねない魔獣と言われる中、Aランクは国を傾けかねない危険度とされる。

 そんな存在と戦ってきた存在こそ、目の前の男性だった。

 正しく初めて対面する伝説の存在に、僕は緊張しながらも手を差し出す。


「……ギルド雑用のライバートといいます」


「ああ、聞いてる! この有事に助かってるってな!」


「バルクさんにそう言って頂けると光栄です……。僕こそ、いつもお世話になっていますから」


 そういいながら、僕は思う。

 なんて固い手のひらなのだろうと。

 バルクさんの手は、戦う人間のものだった。

 そしてまた、自分との体格差についても僕は意識せずにはいられなかった。


 何せ、座っているバルクさんと立っている僕の目の高さが同じなのだから。

 それは別に僕の身長が低い、という訳ではない。

 ……あったとしてもそれは少しだけだ。

 何より、圧倒的な身体の大きさをバルクさんは持っていたのだ。


「ほう」


 バルクさんの顔から、人のいい笑みが消えたのは僕がそんなことを考えていた時だった。

 僕は一瞬目を奪われるが、すぐにバルクさんの顔は元に戻る。


「そう固くなるな、ライバート。俺のことは支部長でいい」


「え、いいんですか?」


 思わぬ言葉に目を丸くする僕に、後ろにいたサーシャさんんが告げる。


「この筋肉だるま支部長はどんなことも対して気にしないから、いいのよ」


「ぶわはは。ほめるなほめるな!」


「……ね」


 疲れた様な目でこちらにそう告げてくるサーシャさんに、僕は何とか頷く。


「それじゃ、本題に入るか」


 ……バルクさんもとい、支部長の雰囲気が変わったのはその時だった。


「お前には一つ試験を受けてもらう」


「え?」


 その言葉に、サーシャさんが滅多に見せない驚愕の表情になる。

 しかし、それを無視して支部長は続けた。


「──ライバート、お前は俺と戦ってもらう」

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