第44話 投降

 視界が、世界が回っていた。

 身体が二つに割れたような衝撃がある。


「あが、が……っ」


 あまりの痛みに、叫び声さえ出ず僕は地面に転がっていた。

 何が、起きた? 

 僕は何をしていた?


「おっと、やりすぎたか……」


 一瞬とんだ記憶が、支部長の声によって戻る。

 そうだ、今僕は試験の最中だったのだと。

 そして、直前僕は支部長の攻撃を受けたことを。

 そこまで思い出して僕は理解する。


 ……あまりの衝撃に、自分の記憶が一瞬飛んでいたことを。


「なにをしているんですか! 明らかにやりすぎです!」


「わ、悪い思ったよりやるもんだったから、つい力を入れすぎてしまって」


 少し先で、サーシャさんと支部長が言い合っているのが聞こえる。

 その意味は分からない。

 ただ一つだけ僕はわかることがあった。


 ……職業スキルを封印するというハンデがあってもなお、僕と支部長の間には圧倒的な実力差が存在することを。

 本当に勝てるのか、そんな思いが僕の頭に浮かぶ。


「もうこんなの見てられません!」


 僕の方へと、サーシャさんが駆け寄ってきたのはそのときだった。


「ライバート、大丈夫……? もう、大丈夫よ」


「……サーシャさん?」


「大丈夫よ、気にしないで。こんな試験、そもそもがおかしいのだから」


 そういいながら、サーシャさんは優しく僕の頭を撫でる。

 なにも心配することはないと言いたげに。


「おい、なに勝手に決めてやがる」


「うるさい! そもそもこんな試験ギルド職員に必要ないでしょう!」


「俺にも色々考えがあるんだよ! まあ、とはいえだ」


 そういって、支部長は僕の方へと向き直る。


「試合終了についての説明ができていなかったな。一つはお前が俺に一撃与えること。そしてもう一つはお前の投了だ」


 投了、つまり降参すること。

 それはつまり、ここで試合を降りても問題ないと支部長は告げていた。

 それを聞き、サーシャさんが笑顔で告げる。


「ほら、もう大丈夫よライフォード! こんな筋肉おいておいて早く治療しに行きましょう!」


「これは悪口だと、俺にもわかるぞ」


「これくらい遙かにましだとすぐに思うことになりますよ。言っておきますが、ギルド職員内で今回のこと共有させてもらいますからね?」


「……え? あ、その、家内だけには……」


 急に挙動不審になった支部長を無視し、サーシャさんは改めて僕の方へと振り向く。


「さあ、行きましょ」


 しかし、その顔はすぐに曇ることになった。

 ……一向に立ち上がらない僕の姿に。


「焦るな、サーシャ。まだ俺は答えを聞いてないぜ」


 そんな僕に、にやりと笑いながら支部長は聞いてくる。


「ライフォード、お前は投降するのか?」


 それに答えるように、なんとか笑みを浮かべて僕は口を開く。


「──いいえ、続行でお願いします」

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