第10話 カルステンの1日(閑話)
どうもみなさん、こんにちは。
カルステンです。
俺は元精神科医で、戦争時には軍医をしていた。
ゴンドル族であるポポロムとは、その時に出会い、紆余曲折あって引き取った。
それから20年ほど経っているわけだが、俺は戦争で足を悪くしたこともあり、ポポロムが医者になって現場に慣れてきた頃……現役を退くことにした。
そして今は、自宅でカウンセリングのようなものをやっている。
診療時間は、平日朝10時から12時。15時から18時まで。
特に女性限定というわけではないのだが……なぜか近所のご婦人方の予約が多い。
リビングを簡単に片付けていると、インターホンが鳴った。
早速、今日の一人目の患者だ。
「先生、こんにちはー」
穏やかな雰囲気のご婦人。
彼女は週1回、ここへ通っている。
俺の診断では、特にどこか悪いというわけではない。どちらかというと、他人には言えないような家庭の不満を言ったりするだけだ。医者には守秘義務があるから、言いやすいのだろう。
「こんにちは」
お互い挨拶すると、リビングのソファに向かい合って座る。
「失礼します」
タイミングを見計らって、リアちゃんがお茶を持ってきてくれた。数日一緒に住んでみてわかったが、リアちゃんの淹れてくれるお茶が、これまたうまい。同じ茶葉、同じ工程で淹れているのに。一体、何が違うと言うのだろうか。
いつもの、気分をリラックスさせるハーブティーだ。
「あらっ、まーまー。どうもありがとう」
そういえば、リアちゃんが患者に会うのは初めてだったな。
「先生、いつの間にこんなかわいいお嫁さんもらったの?」
「へっ? よ、嫁!?」
って、俺の嫁さん、ってこと!?
「いや、この子は──」
慌てて訂正しようとすると、
「ポポちゃんの奥さんでしょー!? もう、孫の顔を見る日も近いわね!」
「あっ……。あーあー! 『嫁』!」
あーびっくりした。
いきなりのことで勘違いしたが、本来『嫁』とは俺から見た息子の奥さんってことだ。
「ってぇ! この子はポポロムの奥さんでもない!」
リアちゃんもびっくりして赤くなり、まんざらでもなさそうだったが、ここは訂正しておいた。
「あら、そうなの? 残念ねぇ」
「ちょっとワケアリで……」
もう、何から説明すればいいのかわかならい。
「お父様と一緒に、ポポロム先生の家にお世話になってるんです」
と、リアちゃんが正直に言ってしまった。
「お、お父様!?」ご婦人はびっくりして、
「まさか先生、隠し子!?」と続けた。
「ち、ちがーーう!!」
その後、誤解を解くのに数十分かかった──
「あら、先ほどの方は、もうお帰りですか?」
カウンセリングが終わった頃に、リアちゃんが再びリビングに入ってきた。
「あ、ああ……」
もしかして、来るご婦人方それぞれにリアちゃんの事を説明しなきゃいけないのか!?
ええと、今日はあと……三人か!
リアちゃんが、俺の事をダニエルと思ってる限りは、俺の奥さんって言うわけにもいかんし……。いやそれ以前に年齢的に無理があるだろ!
もういっその事、ポポロムの奥さんって事にしちゃう!?
もう、みんな絶対そう思うんだから!
いやいや、待て。落ち着け。
最初のご婦人には、違うって言っちゃったし……。
リアちゃんのいないところで、正直に言うしかないか……。
結局、記憶を無くした親戚の子を預かっていて、俺の事を父親と勘違いしている……と説明した。
本当の事でもないが、嘘ではない。無難な言い訳が思いついて良かった。
数時間後──
「はー。今日はなんか疲れたぁー」
「お父様、お疲れ様でした。お茶を淹れましたよ」
「ありがとうー」
カウンセリングの時とは違うお茶を用意してくれた。
「ああ、今日はポポロムは遅くなるって言ってたから、リアちゃ──リアは、先に風呂に入っちゃっていいからね」
リアちゃんは、ゴンドル族ということに引け目を感じているのか、少し遠慮がちなところがある。こちらからどうぞ、と言ってあげれば、素直に頷いてくれると思ったのだが。
「そんな! お父様より先にいただくわけにはいきません! お父様から、ぜひ入ってください」
ううむ、やっぱり遠慮しているのかな。
しかし、俺も疲れているので、言い合いになるのは避けたかった。
ここは大人しく、お言葉に甘えることにしよう。
「ふー」
湯船に浸かり、1日の疲れを癒した。
リアちゃん、よく気が利くよなぁ……。
ダニエルとレナーテの教育が良かったんだろうな……。
やっぱり、あの時ダニエルに託して正解だった……。
女の子の扱いなんて、俺じゃわからんからな……。
実は、リアちゃんを見つけたのは俺だ。森の中で赤ん坊の泣き声が聞こえたような気がして探したら、当時0歳のリアちゃんが、布にくるまって放置されていた。戦争中は敵に見つからないように、泣くことを制御できない赤ん坊が捨てられるのはよく聞く話だ。
保護しようとしたが、俺はその時すでにポポロムを匿っていた。それに俺は自分の性格上、女の子を育てるのは無理だとわかっていた。だから、戦友で旧友であるダニエルに相談した。ダニエルはすでに結婚していて、女の子を育てるには母親が必要だろうと思ったからだ。
あれから20年、リアちゃんは立派に育ってくれた。
ゴンドル族に関する書簡も、審議まで行ったみたいだし、ダニエルはよくやってくれた……。
後は俺が引き継ぐから、おまえはあの世でゆっくり休んでくれ──
「お父様!」
「だああああああっ!?」
いきなり、リアちゃんがバスタオル姿で入ってきて、俺は慌てて前を隠した。
「お背中、お流しします!」
なんで!?
ダニエーーーーーール!!
やっぱりおまえ、教育間違ってるよ!!
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