第25.5話 天罰 sideアルフレッド*


 12年前、家族で出掛けていた帰り道。

 少し後ろを歩いていたリアの姿がない事に気が付ついて振り返る。

 リアは、教会の前で歩みを止めていた。

 ちょうど結婚式が執り行われており、新郎新婦が来賓のフラワーシャワーを浴びて教会から出て来ていた。

 リアはそれに見惚れいていたのだ。


「どうした、リア? ああ、結婚式か……」

「花嫁さん、素敵ですね」

「そうだな」

「私も、いつか素敵な花嫁さんになれるかな……?」


 リアは、少し寂しそうな表情をした。

 俺もゴンドル族の事情は父さんから聞いていたから、リアの気持ちはわかっているつもりでいた。


「リアなら、素敵な花嫁さんになれるよ」


『無理だよ』なんて、絶対に言えなかった。

 だって父さんは、そのために今頑張っているから。


「でも私はゴンドル族だから、きっと結婚できません」

「そ、そんな事はないよ」


 気休めかもしれない。

 でも俺は、リアの花嫁姿を見てみたかった。


「もし……もし、誰もお嫁にもらってくれなかったら……お兄様が、もらってくれますか?」

「えっ……!?」


 頬を赤く染めて、俺の顔を覗き込むようにして言われた。

 リアはとりわけ美人というほどでもなかったが、素直で愛嬌があった。

 優しく気立てのいいリアは、規制がなければ本当にいい花嫁になっただろう。

 血の繋がりはないのだから、結婚しても問題はない。

 リアが大人になり、純白のウェディングドレスを身に纏う。その隣に、俺がいたら……。

 柄にもなく、ドキドキしてしまった。


 しかし、その時俺は気づいてしまったのだ。

 少し離れた場所で、テオがこちらを窺うようにじっと見ていたのを。

 

「……ハッ、ダメだ!」

「え……?」

「リア、兄弟では結婚できないんだ」

「そうなんですか……」


 すかさず嘘をついた。

 テオに、俺の気持ちを悟られるわけにはいかない……。


 「なになに? なんの話ーー?」


 テオが無邪気な笑顔でやって来ると、リアが説明をする。

 背中に嫌な汗をかいた。


「僕も姉さんと結婚するーー」

「テオ、兄弟では結婚できないんだって……」

「そうなんだ……ざんねん」


 テオが納得してくれて、ホッとした。

 ハタから見れば、仲睦まじい兄弟に見えるのだろう。

 リアはテオの、この狂気にも似た内面に気づいていない。

 両親でさえ気づいているかどうかわからない。

 俺はこの時からリアを意識し始めていたが、テオの存在ですぐに蓋をしてしまった。


 俺が我慢すれば家族の平穏は保たれる。

 そう、思っていたのに。


 我慢など、ずっとできるはずがなかったんだ。

 俺も、テオも。

 だからあんな事になってしまった。



 たくさん傷つけたのに。

 傷つけられたのに。

 目の前にいるリアは尚も俺に歩み寄ろうとする。

 

「私を憎む事でしか愛せないなら、それでもいいです。

 私は、すべてを受け止める覚悟で戻ってきました」


 愛せない。

 愛する事が怖い。

 また奪われることが、また傷つけてしまうのが、怖い。


 だから俺は、リアを突き放す事しかできなかった。

 

「ダメだ! ポポロム先生の家にお世話になる方が、おまえのためだ!」

「ポポロム先生とは、もう終わったんです!」


 本心であったはずなのに。

 リアの言葉を聞いて一瞬固まってしまった。


「…………ん?」

「……えっ?」


「ポポロム先生とは……  終 わ っ た ? 」


 リアが「しまった」という顔をしている。

 気づけば俺は、リアの肩を強く掴んでいた。

 リアが少し怯えていることも気に留めず、以前の調子で接してしまっていたのだ。 


「どこに触れられた!?」

「えええええええっ!? そ、そんな恥ずかしい事、言えません!!」

「恥ずかしくて言えないような所なのか!?」

「お兄様ー!?」


 まさか、すでにそんな関係になっていたとは。

 いや、密かにそれが狙いだったのではないのか、俺は。

 同族同士で結ばれれば世間に後ろ指さされる事もない。

 リアがそれで幸せになるのであれば、と思っていたのに……。


「わかった、言えないのなら全部愛してやる」

「えっ?」


 無意識にリアを抱き上げて寝室へ向かっていた。

 ベッドへ降ろし、以前のようにリアに跨るような形で見下ろす。

 なんてことだ。ここへ来て欲が出てしまうなんて。

 帰ってこなければ諦めもついた。

 俺の前に再び現れただけでも驚きだった。

 それどころか、覚悟を決めて来たなどと言われたら……。

 俺はもう、自分に嘘がつけなくなる。


「どうやら俺はとても……嫉妬深いようだ……」


 今の俺は、どんな顔をしているだろうか?

 きっと情けない顔をしているだろう。

 そんな俺を見て、リアは「ふふっ」と笑った。

 しかしその笑顔は、すぐ涙に変わる。


「なっ……。俺はまた、おまえを傷つけてしまったのか……?」


 ちゃんと言わなければ想いは通じない。

 今度こそリアの気持ちを聞かなければ。

 リアは、涙を浮かべながら首を横に振った。


「嬉しいんです……。初めて、お兄様に言われました……。『愛してやる』だなんて……」

「い、言ったか……?」

「言いましたよ! もう、録音しておけば良かった……!」

「それは、やめてくれ……」


 二人で苦笑しながら、横になってベッドの上で抱きしめ合う。

 しかし、しばらくして手が震え出した。

 せっかく気持ちが通じ合ったのに、触れる事もできないとは……。

 

 なんとか震えだけでも止めようと拳を強く噛む。

 血が滲み出てきたが、こんな痛みはどうと言うことはない。

 すると、リアがその手をそっと取り、傷口に触れないようにキスをしてきた。


「お兄様、無理はしないでください。私は、このままでも充分幸せです。それに……」


 まるで今までの仕返しをするように、口付けの音だけが部屋に響く。

 リアから触れられる分には大丈夫だなんて、思ってもみなかった。

 口付けしながら、寝間着のボタンを外される。

 こんなに積極的になるとは、以前のリアからは考えられない。


「だって、お兄様が私に触れられないなら、私が触れるしかないでしょう……?」


 愛らしい顔をして、なかなかに妖艶な笑みを見せる。


「それは、そうだが……」

「お兄様に拒否権はありません」


 言いながら、リアは俺の上に跨ってきた。


「な、何を……?」

「形勢逆転、です。覚悟してくださいね♪」


 するすると寝間着を脱がされていく。

 きっとこれは、天罰が下ったのだ。

 その罰は、甘んじて受けよう。


 観念して、全てをリアに委ねた。

 リアはひんやりした手を俺の胸の辺りに添えて、そのまま下までスーッと撫でるように移動させた。

 ゾクゾクと体が反応する。リアの手が触れるたびに熱が伝わる。

 これは、すべて俺がリアにしてきたことだ。

 しばらくして気持ちが高揚してきたのか、リアはネグリジェの裾を持ち上げて腰を落としてきた。

 

 俺たちは今までの時間を取り戻すかのように、長い間繋がり合った。

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