第26話 再始動 sideリア
家に戻ってきてから数日後、私は大学へ再び通う事になった。
あの事件の後、お兄様が休学届を出してくれていたらしい。
数ヶ月ぶりのキャンパス。
ドキドキしながら学舎へ向かうと、ジェシーとモニカが出迎えてくれた。
「リアーっ」
「ジェシー! モニカ!」
「心配してたのよー! ずっと大学休んでたからー!」
「ごめんね、心配かけて。今日からまた、よろしくね」
三人で輪になって抱き締め合った。
「あの、リア……。訊いていいかどうかわからないけど……」
「テオドール君の事……」
二人は、あの事件をネットニュースで知ったらしい。
そのすぐ後に、刑事さんが聞き込みに大学まで来たそうだ。
どこまで知られているのだろうかと、心臓が大きく跳ね上がった。
私の名前は、公表されていないはず……。
「……テオはね、今入院してるの」
今の事実だけを伝えた。
「そうなんだ……」
「きっと、良くなって退院できるって、私は信じてる」
「そう……そうだよね……!」
深く詮索しない事に、安堵のため息を漏らす。
彼女たちが友人である事を嬉しく思った。
「じゃあ、今日こそリアの快気祝いに……」
「パンケーキ!」
「えっと……」
少し離れていたお兄様に向かって、お願いするように目を向ける。
「お兄様……?」
『行ってもいいですよね?』と、心で訴えた。
「ああ、行っておいで」
あの時とは違う穏やかな表情。
きっとこの違いは、私にしかわからない。
「きゃあー、やったー!」
「何ヶ月越しよ、もうー!」
「君たち。リアをよろしく頼むよ」
「……ハイッ!」
彼女たちの心が、またキュンと鳴った気がする。
お兄様のその笑顔も、きっと二人にはあの時と変わらないままで映っているだろう。
それでいい。
世の中には、知らなくてもいい事、知らない方がいい事がある。
彼女たちには、いつまでも“イケメンの義兄”だと思っていてもらいたい。
誰の監視の目もなく、友人たちと出かけられる日が来るなんて。
ああ、でもお兄様はやっぱり心配性で、GPSは靴に仕込まれたままなのだけれど。
でも必要以上に干渉しない事と、本当に差別緩和が実現したら外してもらう約束はしたので、その辺りは一歩前進したと思える。
「お待たせしましたー」
目の前に置かれた三段重ねのパンケーキを見て、私は心を踊らせた。
トッピングに色とりどりのフルーツと生クリーム。皿の上は煌びやかな別世界だ。
一口サイズに切り、重ねたままの形をフォークに突き刺す。
大口を開けて生クリームと共に頬張る。
いつもだったら絶対にしない食べ方だけど、今日は特別!
「お、いい食いっぷり」
とジェシーがスマホを向けて写真を撮った。
「んんー!?
頬張ったままでうまく喋れなかった。
飲み込んでから写真を見ると、膨れた頬。見事に口の周りに生クリームがついていた。
「ちょっと、消して消して!」
「リアに送ってあげるから、お兄さんに見せてみたら?」
「だ、だめー!」
「ふふ、良かった。リアが元気で」
面白がるジェシーを止める私。
それを見て微笑むモニカ。
ようやく取り戻した平穏な日々を、私は幸せに思う。
お兄様も仕事に集中できるようになり、
叔父様は変わらず自宅でカウンセリングをしていると聞いた。
ポポロム先生も、病院で患者に向き合う日々。
そして時々、テオの様子も見てくれているらしい。
だけど、私たちはまだ知らなかった。
この幸せの裏で──あんな事が起きているとは、想像もしていなかったのだ。
*
数日後──
プルルル
しんと静まり返る真夜中、ポポロムのスマホの着信音がけたたましく鳴った。
「ん……こんな夜中に……。急患か……?」
急患自体は珍しくない事だったが、ポポロムに電話がかかってくることは稀だった。
人手不足なのだろうかと、寝ぼけ眼でスマホを取る。
「もしもし……」
『先生、すみません! 精神科のテオドールさんが逃亡しました!』
「……えっ!?」
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